メッセージ欄
▼ ミステリアス・ジャム・セッション
ミステリマガジンで連載中の日本人作家インタビュー記事をまとめたもの。本にする際に、各回(=各作家)に囲み記事を追加して、インタビューの舞台裏について語っている。おかげで、なかなか親しみやすい読み物になっている。
実を言うと、雑誌で見たときはちょっと堅い印象があった。今にして思えば、それは「堅さ」と言うよりは「密度の濃さ」だったのかもしれない。
というのもこの本、インタビューと銘打っているものの、インタビュアーと作家の会話形式を取っているわけではない。著者自身の文章でインタビュー対象の作家について語りつつ、要所要所に作家自身の声を差し挟むという形をとっている。会話体が持つはずの「すきま」が、著者による作家論で埋められているのだ。
そういうわけで、舞台裏について語っているのはプラスに働いていると思う。ちょっとした息抜きになっているだけでなく、雑誌連載では表に出てくることのなかったインタビュアー自身の顔──酒好き(でミステリや音楽も好き)──も見えてくるからだ。本一冊分の付き合いになるんだから、たとえ主役は作家だといっても、インタビュアーがどんな人なのかが分かるに越したことはない。
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▼ パーフェクト・プラン
第2回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。1次選考で応募原稿を読んだのは他の人なので、読むのはこれが初めてだ。
誘拐を扱った話だと聞いていたし、「誘拐」というキーワードは全編にわたって使われているのだが、実際に読んでみると「誘拐もの」という印象は薄い。とにかく次から次へと事態が大きく動いていくので、誘拐なんてのはとっかかりに過ぎないように感じる。
これは本書の大きな魅力だ。スタートからは想像もつかない着地点。そこへ至る道筋は決して端正ではないけれど、次から次へと繰り出される新展開に翻弄される楽しさに満ちている。
それだけに、コンピュータ周りの記述については少々残念だ。
不正確ではない。むしろ、今までに書かれたこの手の小説の中でもきわめて正確な部類に属するだろう。登場人物の使うコンピュータは、たいていの場合OSが明示されている(それがLinuxだったら、ディストリビューションまで明示されている)。ある人物はメールを読むのにOutlook Expressを使い、また別の人物はEmacsでMewを使っている、なんてことも書かれている。
だが、ここまでやる必要があったのだろうか?
正確さを重んじたせいか、「描写」というよりは「説明」になっている。そのせいか、ネットワークに接続したりメールを読んだり添付ファイルを開いたり、という場面を読んでいると、なんだか解説書の操作手順を読んでるみたいな気分になる。
それなりに複雑な技術を駆使する場面になると、抽象的な説明にとどまっている。いったい女刑事はどんなコマンドを使ったのか? 他人のPCに侵入したスーパーハカーはどんな内容のプログラムを書いたのか? それらのディテールは希薄だ。詳しく書いても読者が難しく感じるだけだ、といわれるかもしれない。だが、片鱗を示すだけでも説得力が増したのではないだろうか。
たとえば『クリプトノミコン』のような作品では、主人公の技量を示すために、彼が高度なテクニックを駆使する場面を丁寧に描いている(画面の表示内容を「盗聴」されているコンピュータの上で、その「盗聴」を出し抜くプログラムを作るくだりなど)。対象の難しさと、それをクリアする手段。その両方を丁寧に描く演出のおかげで、彼の凄腕ぶりが、コンピュータ技術に明るくない読者にも伝わるのだ。
と、否定的なことをいろいろ書いてしまったけれど、秀作であることは間違いない。いかがわしくも善良な連中の一攫千金の賭けと、誘拐が誘拐でなくなる特異なシチュエーション。そこから紡ぎだされるスピーディな展開は、読者を楽しませることに徹していて、すんなりと入ってゆけるだろう。
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▼ 2004/01/30(金)
■パーティー
の出版記念パーティー。
小さな会場に出席者がぎっしり、という状態で、このミス大賞の授賞式に続いて2週連続でお会いした方も多かった。
幹事の杉江さんに「あっちで逢坂剛さんとトマス・ウォルシュの話をしてるからおいで」と呼ばれていってみれば、いつのまにか話題は西部劇に移っていた。とはいえ、私が西部劇ことをほとんど知らないにもかかわらず、楽しいお話だった。知らない分野のことなのに面白く聞けるのは、逢坂さんに膨大な知識(と楽しんだ記憶)の蓄積があればこそ、なのだろう。
翻訳家の高野優さんと、ジャン・ヴォートランetc.に関していろいろお話できたのが個人的には嬉しかった。
その後残った人々(主賓のお二人も)は朝までカラオケ。帰宅したのは翌朝8時近くで、土日はへろへろ。
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▼ 2004/01/29(木)
■陰謀
いま、ある編集者を精神的に追い詰めるための陰謀に荷担している。以下の文章もその謀略の一環を構成するものである。
かつてイギリスにP.G.ウッドハウスという作家がいた。日本語に直訳すると「林家」……ではない。綴りはWoodhouseではなくWodehouseだ。
英語圏のミステリでは、しばしば言及される名前だ。クイーンやクリスティーなんてところから、現代のピーター・ラヴゼイやコリン・デクスターの文章にも名前が出ていたような気がする(記憶をもとに書いている。確認したわけではないので、間違っていたら申し訳ない)。すぐれたユーモア作家として、今もなお盛んに読まれているようだ。
ミステリの観点からの紹介は、『名探偵ベスト101』のジーヴスの項を参照していただきたい。
ウッドハウスの邦訳書誌は、こちらが詳しい。→ http://www1.speednet.ne.jp/~ed-fuji/X2-wodehouse.html
そちらの記述からも分かるとおり、今の日本で簡単に読めるのは、いくつかのアンソロジーに収録された短編くらいだ。私も、そういうアンソロジーの短編でしかウッドハウスを知らない。
そんなわけで上記のサイトには、こう書かれている。
「来るべきウッドハウス復権の時に備えて、過去の翻訳状況を取りまとめてみることにした」
その時が来る。
ウッドハウスの本を出すのは文藝春秋。編集を手がける予定のNさんは、ふだんはジェイムズ・エルロイやボストン・テラン(そう、「このミス」2003年版で海外編1位を制した『神は銃弾』だ)といった殺伐とした本を世に送り出している。もっとも本人は殺伐とはしていないので、向かいに座った客といきなり喧嘩をはじめるようなことはしない(と思うが断言はできない)。
Nさんは、大学の推理小説同好会の先輩にあたる。
この会では、毎週1回、メンバーが回り持ちで本を選んで行う読書会が定例行事だった(今でもそうだ)。今から12年前、当時大学1年の私がジェイムズ・エルロイという作家のことを知ったのは、Nさんが読書会の課題作に選んだ『血まみれの月』がきっかけだった。席上でNさんが配布したレジュメ──主人公ロイド・ホプキンズの異常性を手がかりに、現代ミステリにおける探偵像の変化を論じていた──が今でも印象に残っている。その後Nさんは出版社に就職し、いまではエルロイの本を手がけている。
エルロイに傾倒した若者が、やがてエルロイの邦訳の刊行に携わる──なかなかいい話である(問題はエルロイに「いい話」が似合わないことだ)。
ちなみに、私がはじめて解説を書いた『けだもの』の担当もNさんだった。人狼ホラーという形式にノワールとしての貌もあわせ持つ名作で、これほど血と内臓が飛び散る恋愛小説はそうそうないだろう。こういう素敵な作品の解説を書くことができたのは、本当にありがたいことだと思う。
これまでNさんが手がけた本は、「スプラッタパンク」「パルプ・ノワール」といったラベルを冠していることが多い。現代の海外エンターテインメント小説の中でも、いささか尖った領域と言えるだろう。それが今度は、古典と呼んでも差し支えないであろうウッドハウスだ。
尖鋭から復古へ。どのような本が世に送り出されるのか、楽しみに待つことにしよう。
……これは文春の宣伝じゃないか、だって?
そんなことはない。
これは陰謀なのだ。何の非もない編集者にプレッシャーをかけて、精神的に追い詰めようとする卑劣で邪悪な策略なのだ。そういうことにしておいてください。
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▼ 2004/01/28(水)
■ファンタジー
『太陽の塔』も読了。いい小説だが、ファンタジーではない。
なんでファンタジーノベル大賞なのにファンタジーじゃないんだゴルァ!
……と思ったが、「このミステリーがすごい!」大賞で『四日間の奇蹟』を推したことのある(http://www.konomys.jp/02kono/comment/009.html)者にそういう文句を言う資格があるかどうか怪しいので、とりあえず言わないでおく。
第15回日本ファンタジーノベル大賞の選評(http://www.shinchosha.co.jp/fantasy/)を読んだところでは、「ファンタジーであるかどうか」を意識していたのは荒俣宏だけのようだ。小谷真理にそういう意識がなかったのは少々意外だが、そんなことはどうでもいいのだ! というくらい気に入ったことが選評から伝わってくる。
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