歌野晶午 / 原書房
女子マラソンの世界で起こった悲劇を、トリックを仕掛けることでミステリーに仕立てた作品。
『葉桜の季節に君を想うということ』で不満だった点が、この本ではきれいに解決されていた。『葉桜~』に感じた不満というのは、
- ある事実が伏せられているだけで、伏線としては弱い
- 仕掛けにこめられた驚きが、描かれる事件の解決とほぼ無関係
というのが主なところ。これが本書では、
- 伏せられている事実を匂わせる記述が、実は大量に埋め込まれている
- 仕掛けにこめられた驚きが、描かれる事件と絡み合っている
と改善されている。特に後者は重要で、『葉桜~』の仕掛けがひっくり返してしまう範囲というのが物語のある一部分(重要な要素ではあるのだが)に限定されていたのに対し、『ジェシカ~』では物語の意味そのものが変わってしまう。これまで読んできた物語が、実は全く違う物語だったのだ──という驚き。女子マラソンという背景すら、この仕掛けを成り立たせるために選ばれたもののように思える。
そんなわけで、「読者をびっくりさせる」という一点に集中して大技を仕込んだ作品としてはたいへん満足。
(ただし、35ページ2行目の表現は勇み足ではないかと思う。本書の仕掛けにかかわる部分だけに、ちょっと残念なところである)