■知性と教養の豪勢な無駄遣い
時は18世紀末。英仏海峡に浮かぶ小さな島で育ったジョン・ランプリエールは、たまたま貴族令嬢が水浴しているところを目撃してしまう。同じように水浴を目撃した彼の父は、猟犬たちに襲われて殺されてしまった。
父の遺産相続手続きのためロンドンに渡ったジョンを待ち受けていたのは巨大な陰謀だった。だが、そんなことに気づかない彼は、人に勧められるまま辞書づくりを開始した……
史実の人物を主役に据えた歴史ミステリ風の作品。だが、地に足のついた(悪く言えば地味な)作品だと思ったら大間違い。さまざまな謎と大道具と小道具がごった煮になった、にぎやかで楽しい小説なのだ。
精緻な自動人形。
ロンドンの地底に広がる、有史以前の巨大生物の骸とされる地下洞。
インドから来た暗殺者。
100年前のフランスでの宗教紛争。
そして何より、後半三分の一で描かれるある道具の存在には、びっくりしてひっくり返ってしまった。
そんな物語をつづる文章もまた、どこか読者を翻弄するような調子。言葉の端々に作者の教養がたっぷりと練りこまれている。これは、たとえばスティーヴン・キングみたいに、じっくりと書き込んで読者を作品世界に引きずり込もうという作家とは一線を画している。どこか「遊んで」いるのだ。一筋縄ではいかない文章だが、なかなか魅力的で、いつまでも読んでいたいという気分になる(そして、分厚いからかなり満足できる)。
できれば、たっぷり時間を取って、ゆっくりと読みたい小説。