死者にかかってきた電話

死者にかかってきた電話 / ジョン・ル・カレ / 宇野利泰訳 / ハヤカワ文庫NV

 わけあってル・カレの作品をいくつか読み返している。

 かつて共産党に所属していた──外務省の官僚フェナンの過去を暴露する匿名の密告。諜報部員スマイリーはフェナンに会い、彼を疑う必要がないことを確信し、本人にもそのことを告げていた。彼の嫌疑は晴れたのだ。
 にもかかわらず、フェナンは死んでしまった。嫌疑を苦にしての自殺。そんな解釈を、スマイリーは受け入れることはできなかった。事件の夜、フェナンが翌朝にサービス電話をかけてもらうよう依頼していたことが判明し、疑念は確信へと変わった。調査を進めるスマイリーの行く手には、東ドイツ諜報部のたくらみが潜んでいた……。

 ジョン・ル・カレのデビュー作である。
 後の作品でもそうだが、ル・カレはしばしば本筋から離れた、かといって脇道とも言えない微妙な位置のエピソードから語りはじめる。本書の冒頭はこうだ。

終戦まぢかになって、レディ・アン・サーカムはジョージ・スマイリーと結婚した。

 以下10ページにわたって、スマイリーの人物像、そして生い立ちと経歴が語られ、そしてようやく、スマイリーが深夜にタクシーで職場に向かっていたことが知らされるのだ。
 ちなみに、ここで語られるスマイリーという人物の特性は、後の作品群でもまったく揺らぐことはない。

かれ自身の推理能力を実地に応用して、人間行為の謎を探究する理論作業

 スマイリーがやってるのはいつもこれだ。本書では外務官僚の死の真相を解き明かすことになるが、その手順はまさに本格ミステリ。ラストでは、いささか殺風景な文体で事件の意外な解釈が綴られている。
 ル・カレというとどうしても『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』あたりの重厚さが印象深い。この本も決して軽快に書かれているわけではないが、短いのでル・カレらしさを満喫しつつも短時間で読み終えることができた。

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