あ・じゃ・ぱん!

上巻下巻矢作俊彦 / 新潮社

 敗戦後、米ソによって東西に分割された日本。東側の首都は東京、西側の首都は大阪と定められた。時は流れ、昭和天皇の崩御に沈む京都に一人のCNN特派員がやってきた。彼の目的は、東側最大の反体制組織のリーダー・田中角栄との会見だった……。

 吉本一族がお笑いの世界ではなく政界に君臨し、ボートピープルとしてアメリカに流れついたシゲオ・ナガシマがメジャーリーグのヒーローとなり、和田勉が東側の国営放送のスタッフとして(やっぱり駄洒落を飛ばしながら)働いているもう一つの日本が舞台。いたるところに悪趣味なパロディがあふれかえっているものの、そこには奇妙なリアリティが漂っている。そのリアリティを生んでいるのは、作者の意地悪な視線だ。

 たとえば、東側の日本に君臨する二人の政治家は……中曽根康弘と渡辺美智雄。体制がどうであれ、やっぱりこの人たちが権力を握ってしまうというのは、一見ふざけているようでいて、実はかなりありそうな話ではないだろうか(ちなみに、渡辺美智雄はやっぱり失言のせいで失脚する)。

 「日本が米ソによって分断された」という設定の小説は、仮想戦記などには珍しくない。が、そういう小説に描かれる「社会主義国・日本」のほとんどが「地名と人名を日本風にした北朝鮮」や「地名と人名を日本風にした東ドイツ」だったりする。それに比べると、本書に描かれるのはまぎれもない「もう一つの日本」である。なにしろ、両国の間に存在するのは「東西冷戦」ならぬ「東西談合」なのだ。

 その談合のなかに繰り広げられる謀略劇が本書のストーリーの根幹。徹底したパロディという枝葉が生い茂っているために見えづらいが、この謀略がかなり壮大なスケールで、下手すりゃ荒唐無稽になってしまうような素敵なシロモノ。脂の乗っていたころのロバート・ラドラム……というよりは、悪の秘密結社の悪だくみに近いのだ。でも、これがパロディまみれの本書の雰囲気にはよく似合う。

 ちなみに、何人かの小説家も史実と異なる形で登場する。東側で反体制ゲリラとして戦う三島由紀夫。「史実」より長生きしていくつかの作品を書いた小栗虫太郎。そして何より、あのアメリカの……おっと、これは言わないでおこう。多くのミステリ読者にとって、好きであれ嫌いであれかなり大きな存在であるはずの作家が、意外な運命をたどっていることが最後の最後に明らかにされる。

 散りばめられた小ネタでいちばん笑えたのが「日成のおばさん」。あまりにもバカバカしく愉快なので、どんなネタかは教えない。

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