神秘の東洋に海賊に革命劇に秘境探検に西部劇に飛行船の旅。
多彩な物語への憧憬をミステリの形で描いた、この作者ならではの作品だ。芦辺拓には過去の名作へのオマージュを織り込んだ作品が多数あるけれど、どれも原典の魅力を伝えようという熱意にあふれていて、心地よく楽しめる。
不可解な状況で殺された富豪。彼の所蔵していた古書には、さまざまな時代に起きた六つの事件の記録が綴られていた。事件に巻き込まれた森江春策は、古書をひもとき、謎めいた物語の中へと分け入ってゆく……という形で、さまざまな時代の物語が、それぞれの関係者の手記という形で語られる。
「匣の中」には、それぞれの時代に応じた冒険と謎が用意されている。謎の背後には大仰な仕掛けが多用されているけれど、これがクラシカルな冒険活劇によく似合っていて、違和感なくとけこんでいる。チェスタトンを思わせる、のどかな大仕掛けが楽しい。
それだけに、地に足のついた謎解きとの相性はあまりよろしくない。「匣の外」では森江春策が富豪の死の謎を解くのだが、「匣の中」の華やかさに接した後では色あせて見えてしまう。コンセプトを一貫させるための工夫はなされているし、実はかなりギリギリの線で叙述を組み立てているのだけれど、こちらは状況も関係者も「夢と浪漫」からは遠く離れたところにあるからだろう。もっとも「匣の中」の魅力は、それを補って十分に余りある。
そんなわけで、以下は「匣の中」について簡単に。
■匣の中
新ヴェニス夜話
「新ヴェニス」が何を指すのかは読むうちにわかるはず。細かいネタの織り込み方が凝っているのは、一発目ならではの意気込みによるものだろうか。手記の最後の一行なんかはいかにも芦辺拓。
海賊船シー・サーペント号
自由を求める海賊たちと、悪辣な東インド会社とが対決する勧善懲悪劇。これまたずいぶん派手な仕掛けで、情景を想像するとなんだか可笑しい。志村うしろうしろ。
北京とパリにおけるメスメル博士とガルヴァーニ教授の療法
フランスでは革命が繰り広げられているさなか、中国を訪れた使節団の物語。メスメリズムみたいな怪しい科学を拾ってくるあたりに、作者のネタ選びの巧妙さがうかがえる。
マウンザ人外境
秘境探検もの。『地底獣国の殺人』が好きなだけに、この物語も気に入った。芦辺拓は情念が表に出た作品を書くことは少ないけれど、これはその例外。幻の女王国をめぐる白人たちの思惑が心に残る。
ホークスヴィルの決闘
西部劇ネタであると同時に、芦辺拓が得意とするあの趣向も盛り込まれている。真相のあまりのばかばかしさに感動。
死は飛行船に乗って
ナチ支配下のドイツから飛び立った飛行船。乗客の間で起きた殺人事件の真相は……? これまたずいぶん大仕掛け。
(2008/01/03追記:そういえばマックス・アラン・コリンズが『ヒンデンブルク号の殺人』という類似シチュエーションの小説を書いていた。)