全8編を収めた短編集。読んでいるうちに思い出すのは、作者の別の長編に記されたこの言葉だ。
でも、あなたたち、この世にフィクション以外のなにがあると思ってるんだ?
『ベルカ、吠えないのか?』
何を語るのかと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが「どう語るのか」。どれも作者らしさを感じさせる文体でありながら、一編ごとに「どう語るのか」を変えているので、それぞれの印象は大きく異なる。
■収録作
お前のことは忘れていないよバッハ
親の駆け落ちやら何やらで一軒の家に寄り添って暮らす三人の少女と、一匹のハムスター……その名もバッハの物語。えらくひねくれた語りの様式が、最後の最後にストレートに情緒を刺激する。
カノン
東京湾に築かれた、東京にして東京ではない虚構の王国。夢の王国に憧れ、その一員となることを目指す女の子と、その破壊を目指す男の子の出会いが語られる。王国を支配するザ・マウスの神話と、複数の現実を放送するラジオの対置が面白い。
ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター
事故で入院中に幽体離脱した十五歳男子。霊魂として、三人の同級生の意外な素顔をかいま見る……だけならなんてことのない話。ここに幾何学的な仕掛けを組み合わせ、それを綴るのは煩悩まみれの一人称という趣向。
飲み物はいるかい
妻と別れた男が「離婚休暇」をとって、ささやかな旅に出る。スケールは小さいのに、ちゃんとしたロードノヴェルに仕上がっている。
物語卵
インコを集めて「救済」した男“バードマン”の事跡を語る「僕」。さらに入れ替わり立ち替わり、さまざまな物語の「卵」が語られる。
一九九一年、埋め立て地がお台場になる前
二月と三月の狭間の一日に、開発中の埋め立て地“13号地”を支配する暴力。読みながら私が想起していたのは『モンスター・ドライヴイン』だった。
メロウ
知的早熟児たちの夏期講習キャンプでのできごとを描く、J.G.バラード『殺す』を裏返したような話。あちらの無機的な恐怖に対し、こちらには生々しい高揚感がある。子供たちの描写には、スタージョン『人間以上』を思わせるところも。
ルート350
これまたロードノヴェル。わずか三ページの間にいくつもの国々を通過するはなれわざ。