■対談:原籙・小泉堯史『映画とミステリ』
『ミステリマガジン』創刊50周年記念イベント(お知らせ)。全3回のうち第2回(第1回は昨日だったけれど、仕事の都合で参加できず)。
そんなわけで、雨の中三省堂書店神田本店に行ってきた。
小泉堯史は黒澤明に師事し、長年助手を務めてきた経歴の持ち主。原籙が黒澤プロで仕事をするようになったころからの付き合いだそうだ。黒澤明から「いいシナリオを書くためにはミステリを読め」とすすめられていろいろ読んだけれど、あまりたくさんは読んでいません……とのこと(とはいえ、ハメットやマクベインやレナードやマッギヴァーンなんて名前はすぐ出てくるし、ジョゼ・ジョバンニはお気に入りで、ポケミスのは全部読んだそうだが)。
両氏の長年にわたる付き合いや映画の話を中心に、約1時間半。いくつか話題をピックアップすると……
- 映画のシナリオは撮影中に変わってゆく。最初のシナリオが本になっていることもよくあるので、実際の映画と見比べてみるのも一興。
- 原籙:小説は何度も読み返せるし、映画も最近はDVDで同じ作品を繰り返し見るのが簡単になったけれど、もともとどちらも一回性の強いものだと思う。(←これは強く同意)
- 「原作に忠実に映画化する」なんてオファーもあるけど、それならわざわざ映画にする意味あるの?
- 原籙はもともと「映画になるようなものを」と思って小説を書き始めたが、「小説として優れたものを」という思いが強くなり、自作の映画化には乗り気ではないらしい。小泉氏曰く、特定の俳優が沢崎を演じて、イメージが固定してしまうのはよろしくないだろう……とのこと。
- 小泉堯史は原籙脚本で時代もの娯楽作品を撮りたいけれど、沢崎シリーズの新作等々で原籙の予定が埋まっているので、まだまだ先になりそう……。
- 好きな映画監督は…… 原籙:ルネ・クレマン。 小泉堯史:やっぱり黒澤明。
- 両氏ともヒッチコックは苦手。「クランクインしたところで全て決まっているような……」「映画を甘く見てるような……」
ミステリ話は薄めではありましたが(きっと昨日たくさん話したのだろう)、充実したイベントでした。
ちなみに三省堂1Fではミステリ本のフェアを開催中で、原籙氏がおすすめするのはこの3作。
さらば愛しき女よ
まあ、やっぱりチャンドラーは外せないでしょう。「チャンドラーは初期がよい」とのこと。たしかに『プレイバック』とかおすすめされても困ってしまうわけだが。
影の護衛
一時期、氏にとってギャビン・ライアルとロス・トーマスは「最高の小説家」だったとか。ちなみに映画化されている。
女刑事の死
「最高の小説家」だけど、決して読者に親切に手取り足取り書く作家ではないので、おすすめするのは難しい。それがロス・トーマス。そんな彼の作品の中でも、比較的おすすめしやすいのがこれ。
私はハヤカワ・ミステリ文庫版の解説を書いたので、これが挙がるのはちょっと嬉しい。ちなみに原籙氏はミステリアス・プレス文庫の『』の解説を書かれている。
■[読了]神の血脈 / 伊藤致雄
第6回小松左京賞受賞作。
遠い昔、異星人に特殊な能力を与えられた一族がいた。時は幕末。一族の子孫・風之助は、老中・阿部正弘や若き勝海舟、あるいはペリーといった人々に干渉し、幕末の日本を密かに動かしてゆく……。
端整なできばえの時代小説。ただ、その端整さゆえに、伝奇小説としてはこぢんまりとした印象が残る。異星人の力を得た風之助の超人ぶりは鮮やかで、物語も五千年におよぶ広がりを持ってはいるのだから、もっと羽目を外してもよかったのでは。
ほか、ちょっと気になったのは、風之助の言動。幕末の人間なのに妙に現代人らしさが感じられる。そういう人物だからと言ってしまえばそれまでだが、単に現代を先取りするのではなく、幕末とも現代とも異質な精神性のほうが印象深かっただろう。
結末の意外性は巧くできているけれど、強烈な伏線があるとさらに良かったと思う。
……と文句が多いけれど、この端整さゆえに読みやすく、奇異な物語にスムーズに入り込むことができた。
■[読了]神のはらわた / ブリジット・オベール
相変わらずの暴走悪酔いドライヴである。痛そうな格好で犯行に臨む猟奇殺人鬼「缶切りパパ」と、そいつを追うコート・ダジュールの警察の物語だ。
……が、ブリジット・オベールであるからして、ストレートな警察小説/サイコ・スリラーへと向かうことはまったくない。
捜査を率いるジャノー警部はセクハラおじさん。美女のローラには悪い霊が憑いている(後述)。研修にやってきたローランはMacとFBIのマニア。ジャノーの上司、マルティニ警視はミステリ新人賞の応募原稿を執筆中(まだ1行しか書いていない)。結局いちばん役に立つのは、刑事になることを夢見る一介の巡査、マルセル・ブランだったりする。
この脱力を呼ぶ面々が殺人鬼を追う。残虐さとブラックユーモアと間抜けぶりが同居した独特のドライヴ感は、あなたの脳をよれよれにすることだろう。
たとえば、登場人物が映画を見に行くと……
彼らはハリウッド映画の超大作を見てきたのだ。超巨大なタコの話だ。そのタコの超かわいい子供が超おバカな科学者に誘拐され、巡航客船に乗せられた。それでタコは超憤慨してその客船のあとをつけ、船を沈めて愛する赤ちゃんを取り戻そうとしていた。
……という超クールなことになってしまう。
ちなみに、前作『死の仕立屋』に登場した連続殺人鬼が、地獄に堕ちることもかなわないままローラの脳内に巣喰っている。でも何もできずに悪態をついているだけ。こんなのがシリーズのレギュラー登場人物だったりするのがオベールです。
本書最大の脱力シーンはエピローグ。何やってんだよ!!