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2006-06-09
■[読了]悪魔の栄光 / ジョン・エヴァンズ
私立探偵ポール・パインの一人称で語られるハードボイルド。
クライマックスから無常感漂うラストまで。
黄金時代の名探偵ばりに、関係者一同を前にパインが真相を解き明かすクライマックス。犯人を指摘する瞬間の大爆発が忘れがたい。理性と暴力とが奇妙な融合を見せる。
ここに炸裂するのは、チェスタートンばりの意外性だ。大胆な仕掛けと、それを支える思考様式。ギリギリのところまで踏み込んだ伏線。いわゆる本格ミステリ的なものの見方によって作られている。
その爆発を演出する筆致は、まさにハードボイルド。饒舌に語るのではなく、言葉の余白に緊張を漂わせる。
「これで演説は終わりだ。ごきげんよう、警部補」
謎解きは終わっても、物語が終わるまでにはもう少し間がある。
ずっと非情なスタイルを貫きながら、最後の2ページだけはエモーショナル。喪われるものへの感慨がにじみ出す。前作『血の栄光』の酷薄さとは全く異なる印象で、まさしく「かつての王国に帰還できなかったアル・カポネへの鎮魂歌」(解説・法月綸太郎)だ。とはいえ感情を暴発させるわけではない。あくまでも抑えたまま、最後の一行へと着地する。
全部で250ページ強。それほど長いわけではない。だが、密度は濃い。
■[読書中]渋く、薄汚れ。 / 滝本誠
情動に訴えかけるようなフィクションを、煽動力の高いレトリックを駆使しながら理知的に語る。理と情の緊張感が心地よい……のはいいけど、つい煽られて闇雲に洋書を買ってしまいそうで怖いです。
■突発的に飲みに行きました
職場にて、そろそろ帰ろうかな……と思っていたところに電話が。恵比寿で飲んでるけど来ない? とのお誘い。さっそく行って、えらく濃密にミステリの話をして帰ってきた。
2006-06-08
2006-06-07
■[読了]文章探偵 / 草上仁
この本の校閲を担当された方の苦労がしのばれる。
なにしろこの小説、登場人物の誤字や誤変換、さらには表記の癖なんかが謎解きの重要な手がかりになっているのだ。なぜか変換できない、と思ったら実は伏線だったりする。誤字や表記のばらつきには、ちゃんと意味があるのだ(……という話の都合上、作中人物の書く文章は誤字が多い)。
タイプミスとおぼしき誤記をもとに、書き手がローマ字入力かカナ入力かを推理するのは序の口(←これは日常でもよくありますね)。「用件」を「要件」と書き間違えるのは、仕事で「要件」という言葉をよく使う業種の人である、とか。
こういう話が好きな人とか、仕事で文書の誤字をチェックすることが多いとか、そういう方には面白いと思う。『文章探偵』なんて題名にそそられる人なら、楽しく読めるはず。
で、これは伏線の類ではなく、単なる誤記だと思うのだが……p.235で、隣り合っているのは『U』と『O』ではなくて、『U』と『I』ではないだろうか。「かすか」を打ち間違えて「かしか」になった、という文脈なので。
■[読書中]悪魔の栄光 / ジョン・エヴァンズ
まだまだ序盤。『血の栄光』の葬儀シーンと同じく、本書もまた「イエスの自筆文書」という印象深いエピソードから始まる。
半世紀以上昔の小説でよかった。これが2~3年前に書かれた小説だったら、今ごろ帯に「ダ・ヴィンチ・コード云々」とか書かれているところだった。
■絶賛! 号泣!
歴史ネタが出てくるだけで帯に「ダ・ヴィンチ・コード云々」と書くのも、そろそろ下火になってきたようでほっとしている。そういえば「ダン・ブラウン絶賛」という帯のついた本もある。
そう、ダン・ブラウンは今や絶賛する側の人である。歴史伝奇ネタ方面では当面重宝するだろう。
ところで、絶賛界の巨峰といえばやっぱりスティーヴン・キング。「キング絶賛」といえば、「面白いかどうか」といった雑念とはもはや無縁。あらゆる価値判断から独立した、”純粋絶賛”とでもいうべきものである。
私が読むものでよく遭遇するのは「クライブ・カッスラー絶賛」。作品のできばえはともかく、傾向はきわめて明快。世界をまたにかけた、細かいところを気にしないほうがよい冒険活劇である。
2006-06-06
■[読了]血の栄光 / ジョン・エヴァンズ
再読。非常に満足。
フリーランスとして生きてゆくためのしたたかさを備えた主人公(減らず口をたたいて我を貫きながらも、譲るべきところでは譲っている)。ストイックな描写。冒頭の異様な光景の意味がきれいに解き明かされる点に代表されるように、ミステリとしての構成は凄まじく緻密。自らの内面をむやみに語らないスタイルならではの驚きも用意されている。ラストの酷薄さも、今となってはどこかで見たような気もするけれど、それでも素晴らしい。
■[読書中]文章探偵 / 草上仁
中盤へさしかかる。新人賞の応募原稿に酷似した殺人事件が起きたり、主人公の身辺の事情が明らかになってきたり。
文章プロファイリングの過程を読んで、「ちょっと恣意的じゃないの?」と思う部分もあったのだが、そのへんを逆手に取るような展開に。こりゃいいね。
ちなみに、主人公が審査を務める新人賞では、個人情報保護の観点から、応募者の住所その他を主人公には明かさないようにしている。
が、私の経験の範囲では、原稿と一緒に応募書類もそのまま送られてきたりする(出版社によっては、ちゃんと個人情報を伏せているところもあるそうだ)。こんな扱いの難しいものまで預けられても……と少し困ってしまう。
2006-06-05
■勝因
一度だけだと単なるまぐれの可能性もあるので、調子に乗って偉そうなことを述べるのは控えておきます。強いていえば、締切が来る前に書き始めたことでしょうか。>kozukataさん
まあ、ここに読みかけの本のことをあれこれ書いていたのも効いているかもしれません。もちろん、原稿にはここに書かなかったことも入れていますが。
なお、2時間どころではない前倒しです!>杉江さん
■[このミス大賞]去年の本数とか本を読む速さとか
去年は40本+αでした。>takagiさん
読むスピードは、こういう生活をしてると多少は上がるんじゃないかと思います。ただ、量を追い求めるのもあまりよくないですよね。時間をかけてじっくり読んだ方が面白い本も多いですから。そんなわけで、同じ本を再読することもよくあります。
■[入手本]悪魔の栄光 / ジョン・エヴァンズ
時は1940年代、私立探偵ポール・パインの一人称で綴るハードボイルド。「栄光」シリーズ第2作。第1作と第3作、そして番外編の『灰色の栄光』は訳されながら、これだけはダイジェストだけの紹介にとどまっていた。
そういえば典型的な私立探偵小説って、長いこと読んでないような気がする。
2006-06-03
■[読了]カレンの眠る日 / アマンダ・エア・ウォード
三人の主人公の運命。その三本の流れが一本に合流する後半の盛り上がりは圧巻。三人の中でひとりだけ一人称文体で書かれているのも、読み終えてみれば納得(アレを三人称でやってくれれば……と思うところもあるのだが)。ミステリとは性質の異なる物語だが、よくできた小説である。読書好きでよかったと思えるのは、こういうものを読んだときだ。
■[読了]ベータ2のバラッド / 若島正・編
プリティ・マギー・マネーアイズ / ハーラン・エリスン
ラスヴェガス。最後の1ドルをスロットマシーンに放り込み、レバーを引いた男の運命は……? 孤独な男と孤独な女が思いもよらない形で出会うさまを、熱狂を煽りたてる文体で語る。花火のように鮮やかな、かっこいいギャンブル小説。
ハートフォード手稿 / リチャード・カウパー
H・G・ウェルズと親交のあった大叔母が「私」に遺した本には、信じがたい内容の手稿が挿まれていた……。語り手に手稿を遺すヴィクトリア叔母さんは最初の数ページに登場するだけだが、その人物像はしっかり心に残る。丁寧に書かれた文章の技。
そんなわけで綺麗にまとまった一品である。でも、どうしてこのアンソロジーに……? と編者あとがきを見れば、
それはカウパーに対する個人的な思い入れがあるからで、それについては拙著『乱視読者の新冒険』(研究社)に書いたことがあるからここには繰り返さない。
だそうだ。そんなわけで『乱視読者の新冒険』を読み返す。末尾に収められた「リチャード・カウパーのために」……そう、思い出した。読書好きにとってはきわめて強烈な経験が綴られた文章である。これを読むと、思い入れでカウパーを載せてしまうのも仕方ない、と思う(私自身は、この文章に書かれているような「すべてがパターンの中にはまり込むという感覚」を経験したことがない)。
ちなみに編者あとがきにはもう一つの理由として、ニュー・ウェーヴを英国SFの伝統の延長に位置づけようとする考えが述べられている。が、少なくとも私にとっては最初の理由で十分だ。編者の嗜好がもたらす偏りもまた、アンソロジーの魅力なのだから。
時の探検家たち / H・G・ウェルズ
「ハートフォード草稿」に関連して収録された、『タイムマシン』の原型になったという短編。もっとも、時間旅行というアイデア以外は全くの別物である。小さな村に引っ越してきた異貌の男。彼の住む館の周囲では奇妙な現象が……という前半はまるで怪奇小説(私はラヴクラフトの「チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件」を連想した)。いよいよこれから、というところで終わってしまうのが非常にもどかしい。
2006-06-02
■[読書中]カレンの眠る日 / アマンダ・エア・ウォード
中盤。3人の主人公のうち、死刑囚以外のふたりの日常には変化が訪れる。
3人それぞれの日常が順番に語られる形をとっているのだが、悲哀が最もストレートに描かれているのは死刑囚でもなければ夫を殺された女性のパートでもなく、人を殺したり身内を殺されたりという経験のない医師のパートだったりする。
特に夫を殺された女性の語り口(彼女のパートだけ一人称である)はユーモアを前面に押し出している。『暴徒裁判』の解説に書いたような、悲哀に裏打ちされた明るさを感じた。
2006-06-01
■[入手本][読書中]文章探偵 / 草上仁
左創作は、小説講座の講師を務める中堅ミステリ作家。講座の場では、文章からその作者の性別や年齢、職業などを突き止める芸当を披露する……と、文章をプロファイルする探偵が登場する本格ミステリらしい。
冒頭から、さっそく文章プロファイルの様子が紹介される。シャーロック・ホームズが依頼人のことをあれこれ言い当てるような感じですね。
■[読書中]ベータ2のバラッド / 若島正・編
ベータ2のバラッド / サミュエル・R・ディレイニー
銀河人類学を学ぶジョナニーは、失われた星間移民船について調査することになった。船に伝わる歌には、その秘密が隠されていた……
ディレイニーにしては極めてシンプルな話で、筋運びも直線的。謎解きの要素も、過去の記録を掘り返すことで片づいてしまう。厚みのもたらす華麗さには欠けるものの、「物語を伝えること」に対するストレートな喜びが漂うところに魅力を感じた。
四色問題 / バリントン・J・ベイリー
バロウズ風味(ウィリアムのほう)の実験小説。最初から飛ばしてます。
一九九〇年に着手された地図作製用の衛星測量で、地球にはそれまで探検家や地図作成者が見逃してきた未発見の地表面がかなりあることがあきらかになった。
もっと前に気づかないのか……。
どんな地図でも、隣り合った領域の色が重ならないように塗り分けるには四色あればよい──という、当時未解決だった数学上の難問をネタに展開する。なんだかサンリオSF文庫の裏表紙を読んでるような感じ。
降誕祭前夜 / キース・ロバーツ
ナチズムが支配する英国を舞台に描く、重厚なサスペンス。『SS-GB』とか『英国占領』などと同じ系統の作品だ。それらより遙かに短いものの、「ナチズムのある日常」がじっくりと描かれている(ドイツ語の多用に頼っているところもあるけれど)。
伝統的な小説としての読み応えは、今のところこの作品がベスト。もっとも、そういう観点で前の2編と比べることにあまり意味があるとは思えない。