皆勤の徒 / 酉島伝法 ──異質な体系の快楽

 高校生のころに教えられた英文読解技術のひとつに、
「頭の中で日本語に置き換えるな」
というものがあった。
 日本語に引き寄せるという手順を通さずに、自分が英語の体系の側に飛び込んで、英語の体系の中で文意をつかみ取る。分からない単語を調べるには英英辞書の使用をすすめられた。実際、そうする方が長い文章を読みやすくなった。ファイアフォックスを飛ばすにはロシア語で考えるんだ! みたいなもんですね。
 はなはだ感覚的な話ではあるが、そうやって英文を読んでいるうちに、どこかでぶちっとスイッチが切り替わる瞬間がある。思考回路が非日本語化されて、英語の文章がすんなり入ってくる。あっ俺いまファイアフォックス飛ばしてる! てな気分で、ちょっとした快楽である。

 自分が慣れ親しんだものの外部にある記号体系といえば、外国語だけではない。
 たまに、自分がまったく知らない分野、自分の日常と全く関係ない分野の雑誌を読むと妙におもしろい。その領域では当たり前の文脈、用語、概念といったものを知らない状態で読み始めると、最初は何がなんだか分からない。が、読んでいるうちに徐々に要素どうしの関係が見えてきて、やがて記号の断片にすぎなかったものどうしが脳内でぶちぶちと結合を始める。ある領域の靄が晴れてすっきりとして、未知の体系だったものが自分の中にインストールされる。

 アレはなんだか一種独特の気持ちよさがある。食欲や性欲とは異質の、生理的な快さを伴わない快楽。しかも脳内が快楽に満たされた状態が持続するから始末が悪い。

 で、いまその状態だ。ファイアフォックスは飛びっぱなしである。
『皆勤の徒』を数回繰り返して読んだせいだ。
 一読目はどうも何が起きているのかよくわからないところがあった。
 二読目で目の前の靄がいくらか晴れた感じ。
 三回目か四回目くらいで、脳内の回路がぶちぶちとつながりはじめて、アルキメデスが風呂から飛び出すくらいの興奮におそわれた。これがブッダのいう悟りか! 東京創元社は1890円で宗教的法悦を販売するのか! すごい! と闇雲に逆上してしまった。

 異質な言語で描き出される異質な風景。ただし、異質な言語のなかに時折「納品書兼作業完了報告書」とか「労働基準監督署」とか、妙に身近な言葉が紛れ込む。その身近であるがゆえの違和感が、風景の異質さをさらに際だたせる。
「これは俺の知ってるSF用語でいうと何だろう」とか考えず、 「ああ棄層が形相を模造したんだ」とそのまま受け止めて、分からないままに読み進める。何度か読んでいるうちに、「向こう側」での概念同士のつながりは何となくわかってくる。「こっち側」とはすんなりつながらないので、こういう話だ、と人に説明するのは難しいけれど。
 その「向こう側」と「こっち側」をつないでくれるのが解説だ。まるで対訳集のような存在である。でも、こいつに目を通すのは、訳の分からないまま何回か読んでからでも遅くはない。

 そういえばチャイナ・ミエヴィルの『言語都市』の序盤でも、似たような快楽を味わった。
 文章の字面そのものはふつう。字面だけで何か幻惑的なものを感じる『皆勤の徒』よりは一見とっつきやすい。
 こちらも、何が起きているのかよく分からないところがある。分からないまま読みすすめるうちに、訳の分からなかった諸概念がぶちぶちつながり出して、ストーリーが本格的に駆動するころにはすっかり引き込まれていた。

 異質な記号体系を自分の脳内にインストールする。訳の分からなかった断片がぶちぶちとつながる過程に快楽を覚える人にとっては、これは至福の体験といっていい。

 ちなみに『皆勤の徒』の収録作でいちばん楽しめたのは「泥海の浮き城」だった。 主人公の形状と舞台の奇異さのほかは非常にオーソドックスな私立探偵小説で、自分にとってなじみ深いものだったからだと思う。
 妻に卵を産みつけられるのを恐れて逃げ出し、他者に知覚されなくなる能力を生かして探偵稼業で食いつないでいる男。学師長の依頼で、事故のように思われた代理人の変死について調べるうちに、社会を揺るがすような大発見にかかわる謀略に巻き込まれる。
 弱さを抱えた、決して高潔とは言えない男が異形の街を行くハードボイルド。虐げられるマイノリティとか、この手の小説ではおなじみの題材もちりばめられている。異質な言語で紡ぎ出される、懐かしい物語。主人公はたぶん変身後のグレゴール・ザムザみたいな形で、街も妙にぐにゅぐにゅしたオーガニックな空間だけど、遠い異国でご飯と味噌汁と焼き魚をいただくような懐かしい感覚を満喫した。

皆勤の徒 (創元日本SF叢書) 言語都市 (新★ハヤカワ・SF・シリーズ)

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