柳生雨月抄

柳生雨月抄 荒山徹 / 新潮社

剣の達人でもある陰陽師が、朝鮮由来の死ね死ね団と戦う豪快な伝奇小説。

時は江戸時代初頭。朝鮮宮廷を支配する妖術師が率いる秘密機関「征東行中書省」は、日本を破滅に導く陰謀を企んでいた。柳生一族に連なる剣の使い手であり、天皇に仕える陰陽師である柳生友景は、崇徳院の怨霊の力を借りて朝鮮の陰謀に立ち向かう……。

朝鮮から妖しの術を使う怪人たちが次々と送り込まれ、柳生友景と死闘を繰り広げる。なんだか特撮ヒーローものみたいだ(そういえば怪獣と戦う場面もあった)。

この本のキーワードは「霊的国防」。王稜や石碑にはそれぞれの国の支配者の強い念が封じられ、妖術師や陰陽師にとってはレーダー兼補給地点のような役割を果たす……ということになっている。序盤と後半には、そんな陣取りゲームめいた重要地点の奪い合いが描かれる。もっとも本書には、ゲームらしい駆け引きの要素は薄い(山田風太郎の忍法帖だと、そのへんの駆け引きがかなり巧妙で濃密なのだが)。

ところで、本書における(そして荒山徹の著書の大半における)朝鮮という国家は、たいへん分かりやすい悪役である。なお、あくまで悪役なのは国家としての朝鮮であり、登場人物の中には好感の持てる個人も登場する(なんか小泉政権を非難する中国共産党みたいな言いぐさだな)。他人事ながら心配になるくらいに徹底した悪役扱いである(帯は「朝鮮の陰謀からこの国を守れ」とか大変なことになっている)。

作中の朝鮮人妖術師はこんな台詞を口にする。

我々は歴史を捏造し歪曲し、その捏造され歪曲された歴史を受け継ぎ、後の世代にも受け継がしめておるのじゃ。嘘も継承し続ければ真実となる。

よりによって歴史認識を語らせるとは。

そんなわけで、本書では我々の知る歴史が実は歪曲されたものであったことが次々と明かされる。古代朝鮮半島に栄えた高句麗が実は××とか、三種の神器が実は×××とか。

中には民明書房みたいな由来話もまぎれこんでいる。例えば、朝鮮妖術師が使う巨大な蛾については……

これは蛾にして蛾に非ず、幼虫は「太陰虫」の名で呼ばれる妖蠡の成体である。高句麗の始祖王朱蒙の父・解慕漱(ヘモス)が頤使した蠡(ラ)であるを以て、慕漱蠡(モスラ)なる名前の由来とされている。

嗚呼、モスラの起源は朝鮮であったか! インファント島は韓国領だったのか!

得体の知れない語呂合わせは他にもある。登場人物には「安兜冽(アンドレ)」「呉淑鞨(オスカル)」なんてのが紛れ込んでいたり。「隆慶先生」なんて人物が登場すると、思わず深読みしたくなるではないか。

勢いに身を委ねてあっという間に読める痛快な作品だが、唯一残念だったのは柳生友景が強すぎること。日本や幕府は何度も危機に陥るのだが、この人自身はほとんど危機に見舞われることがない。そんなわけで主人公が絶体絶命のピンチに……というスリルはほぼ皆無だが、波乱に富んだ奔放な展開で楽しめる。

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2006-05-20

ミス連

先月とうって変わって盛況。よかったですね>幹事の人。

[]柳生雨月抄 / 荒山徹

豪快な伝奇小説。詳細については柳生雨月抄をごらんください。

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川を覆う闇

ISBN:4043703031桐生祐狩 / 角川ホラー文庫

その陰謀のシステムが最も色濃く抽出されているもの、それが「掃除」なのである。

すばらしい。

この世界は浄神と不浄神の闘争の場であった……という宇宙観のもとに繰り広げられる汚物ぐちょぐちょホラーであり、「“清潔”という概念が支配的になったのは奴らの陰謀だ!!」という妄想がスウィングする陰謀小説でもある。

本書の最大の強みは、清浄/不潔という対立軸をつくりあげたところにある。「善と悪」とか「光と闇」とか「法と混沌」なんて対立軸を描いた物語は山ほどあるけど、「きれい/きたない」という二項対立の生々しさには及ばない。

ぐちょぐちょぬちゃぬちゃした汚い描写がそこかしこで繰り広げられる。そういう作品は世の中にたくさんあるけれど、こいつはその汚穢描写なしには成立し得ない。グロ描写こそが本質であり、不浄なものを描くのが必然。そんな物語である。

夏の滴』以来この人の作品を読んできたけれど、デビュー作の衝撃には及ばない……という印象が強かった。今は違う。こいつがある。解説の「クトゥルー神話」「コズミック・ホラー」云々は舞い上がり気味な気がするが、これに関しては舞い上がるのが正解。人をして正気を失わしめる一冊である。

本書の気色悪さを堪能するためには、やはり食事中に読むのがおすすめ。自分ではそんなこと絶対にしないけど。

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2006-05-14

ベトナム料理

近所にベトナム料理の店があることを発見。さっそく妻と行ってみた。

二人でビールを注文していたら、店の貯蔵量を超えてしまったらしく「冷えるまでちょっと待ってください」という事態に(たいへん小さなお店なのです)。

こんなしっかり作ってこんな量でこの値段で大丈夫ですかと心配になるくらいで、大変満足。フォーが美味かった。幸福感に浸りつつ歩いて帰宅。

[] 川を覆う闇 / 桐生祐狩

ISBN:4043703031

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2006-05-06

寝込んだまま

ミステリマガジンの原稿をなんとか書き終える。昨日ふれた『パズル・パレス』以外の3作はこちら。

[]コーデックス / レヴ・グロスマン

ISBN:4789728331

本とは縁の薄い銀行員が、なぜか古書を探すはめに。いっぽうで、謎めいたコンピュータゲームにも没入してゆく……という物語。主人公が日常生活もおざなりにゲームに没頭してゆくあたりが妙に生々しい。

ゲーム中毒と言えば、文明を発展させるゲームCivilizationはその中毒性の高さで知られ、Civilization Anonymousなんてサイトまで存在する。”Civilizationを断ち切る12ステップ”とか書いてあるこのサイト、実は販売元による宣伝用サイト。洒落がきつい。

[]破壊計画〈コルジセプス〉/ デイヴィッド・ダン

ISBN:415041114XISBN:4150411158

チープなアクションもの。前作に比べるとできはいい。アマゾンの密林を駆け回っていたかと思うと、いつの間にかニューヨークで戦っていたりするお手軽な話。

ニューヨークでは地下鉄の廃線で死闘を繰り広げたりするので、地底好きの人には見逃せない一品だ。

[]荒ぶる血 / ジェイムズ・カルロス・ブレイク

ISBN:4167705206

時は1930年代、ガルヴェストンの大物ギャングに雇われた殺し屋の物語。彼の数奇な生い立ちと合わせて、メキシコの大農場主から逃げてきた女との出会いが描かれる。もちろん女を連れ戻そうとする追っ手も迫り……

前作同様熱いお話。クライマックス近辺のかっこよさと言ったらないですよもう。抱かれてもいいね。

直接扱っているわけじゃないけれど、主人公の生い立ちにはメキシコ革命が大きく影響している。メキシコ革命つながりで矢作俊彦『悲劇週間』なんぞもあわせてどうぞ。

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やられた..

風邪で寝込む

旅行から帰ってきて、気づいてみれば風邪気味。飲みに行く予定だけはキャンセルしたくなかったけれど、熱が38度とあってはそうもいかない。

そんなわけで連休後半は、はなはだ不本意ながら寝込んで過ごすことに。

[]モンティ・パイソン研究入門 / マーシア・ランディ

ISBN:4861911532

モンティ・パイソンのギャグについて、どこがどのように面白いのかをこまめに論じている。結果として、不粋で退屈な本になってしまっている。

たとえば、BBCがスコットランドの偉大な詩人、ユアン・マクティーグルを紹介するスケッチについては……

このスケッチが示しているのは、詩作の創造的な側面ではない。ここにあるのは、有名人が賞賛されがちな事実、「高尚な」文芸世界の平凡製、そしてテレビで芸術作品や芸術家を持ち上げておきながら、作品そのものに関する分析は巧みに避けるテレビ出演者の姿である。

いやそうかもしれないけど、そんな説明されて何か嬉しいですか?

とはいえ、かの「スペインの宗教裁判」には手も足も出なかったようで、「常識がナンセンスになっている」と言うのにとどまっていたりする。

新刊評など書くときにはこんな風にならないように気をつけなければ、と自戒しながら読んだ。人は寝込んでいるとネガティヴになるものである。

[]パズル・パレス / ダン・ブラウン

アメリカのNSA(国家安全保障局)を舞台にした暗号解読のお話で、著者のデビュー作。

内容はともかく、暗号とコンピュータに関する記述はツッコミどころだらけ。1998年ならこういういいかげんな記述でも通用したのかもしれないが、さすがに2006年にこれでは厳しいだろう。

上巻をざっと眺めただけでも……

  • 公開鍵暗号の説明なのに、公開鍵を何に使うのかまったく説明していない。(p.31)
  • ZIPはデータ圧縮の方法であり、暗号アルゴリズムではない。(p.45)
  • PGPはソフトウェアの名前で、「アルゴリズム」ではない。(p.45)
  • “トレーサー”というメール逆探知の仕組みが出てくる。うっかり添付ファイルを開くとさあ大変……という仕組みではなさそう(データの送受信があった痕跡自体を消してしまうらしい)で、動作原理は謎。NSAにはスーパーハカーがいるらしい。(p.78)

……といった具合。説明が煩雑なものやネタばらしになりそうなものは省いたが、中には話の根幹を揺るがすものもある。

IT産業の人は、間違い探しをしたり、作中のNSAのシステムを設計した奴がどういう間違いをしでかしたかを考えてみる、という楽しみ方ができる。

よりによってミステリマガジン書評用。

[]V フォー・ヴェンデッタ / アラン・ムーア、デヴィッド・ロイド

ISBN:4796870296

同名映画の原作。ファシズムが支配するイギリスを舞台に、仮面のテロリスト・Vの戦いを描く。ダブル・ミーニングとねじくれたユーモアに支えられた、陰謀妄想の物語だ。

イギリスを支配しているはずのリーダーだが、作中での存在感は希薄。この作品における最大の偶像はVに他ならないので、この描き方は正解だろう。これは単純明快な二項対立の物語ではないのだ。

異常なオブセッションに駆り立てられるように破壊を続けるVの姿に、『ウォッチメン』のロールシャッハを思い出した。『ウォッチメン』は本書と同じくアラン・ムーアの手になるコミックで、抑圧的な体制になったアメリカが舞台。政府を無視して我が道を行く自警団的ヒーローとして描かれるのがロールシャッハである。

ともあれ、一度読んだだけでは読み切った気がしないタイプの作品である。

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2006-05-02

南紀白浜に

二泊三日で行ってきました。

泊まった宿の一角に「図書コーナー」なんてのがあって、そこでフレドリック・ブラウンの短編集やらE・S・ガードナーの短編集(レスター・リースもの)やら泡坂妻夫のエッセイやらを読んでいた。ミステリマガジン新刊評で取り上げる予定の本を持っていったけれど、意外な伏兵のせいで読書は進まず。

それにしてもあの宿の本はどういう基準でそろえられたものなのだろうか。

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2006-04-29

小説すばる新人賞

ようやく終了。といっても来月また2回目の下読みがあるのですね。

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トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン 柳広司 / 角川書店

特殊な状況設定を活かしたサスペンス/本格ミステリ。

舞台は1946年の日本。ニュージーランド人の私立探偵フェアフィールドは、行方不明者の消息を探るため、戦時下の記録を調査しようと巣鴨プリズンにやってきた。だが、巣鴨を管理する米軍中佐は、調査を許可する代わりに、記憶喪失の戦犯容疑者が記憶を取り戻すのを手伝うよう要求した。その元日本軍将校は捕虜を虐待した容疑で告発されていたが、過去5年間の記憶をすべて失っていたのだ。

彼の名はキジマ。特異な洞察力の持ち主で、初対面のフェアフィールドを見ただけでその経歴を見抜いてしまう。キジマの無実を訴える彼の親友とその妹とともに、フェアフィールドは廃墟の東京でキジマの過去を追い始める。いっぽう、巣鴨プリズンでは奇妙な服毒死事件が起きていた。タバコ一箱の持ち込みも見逃さない監視体制の中で、毒物が持ち込まれていたのだ。米軍の思惑で、フェアフィールドは服毒事件の調査も手がけることに……。

印象

……というわけで、記憶喪失の元日本軍将校が安楽椅子探偵を務める物語。舞台と探偵役の特異さがこの作品の魅力を形作っている。
なんといっても探偵役・キジマの造形だろう。フェアフィールドとの出会いの場面で見せる観察力はまさにシャーロック・ホームズ。ややエキセントリックな発言もそのキャラクターをなぞっている。で、その「名探偵」が、一方では記憶喪失の戦犯容疑者として本書の「謎」の中心に位置している。彼は本当に捕虜を虐待したのか?

ある証言が、(内容は否定されないまま)見方を変えるだけで意味が変容してしまうくだりはいかにも本格ミステリらしいやり方。また、巣鴨プリズンという「密室」の仕掛け(某古典の使い回しである)や随所に見られるアナグラムへのこだわりなど、全編本格ミステリらしい技法で組み立てられている。

「戦争」という大きなテーマを背景に、謎解きを駆使して組み立てられたサスペンスが印象に残る。

細部

ゲーリングの自殺

「ところがキジマは、ゲーリングの写真をひと目見ただけで、彼が獄中に青酸カリを持ち込んだある可能性を指摘した。(中略)むこうの調査委員会は、ゲーリングの自殺はキジマが指摘した方法以外には考えられないと指摘したのだ」
p.11-12

Wikipediaの『ゲーリング』の項目によると、2005/2/7のロサンゼルス・タイムズで、「自分がゲーリングに毒物を渡した」という元アメリカ兵の証言が報じられたという。

ちなみに本書でキジマが指摘したのは別の方法で、もちろんミステリとしてはこっちの方がおもしろい。

小説に出てくる探偵

「あなたは、なんというか……小説に出てくる探偵のように派手には見えませんわ」
「不精ひげを生やして、女の尻を追い回し、むやみに拳銃をぶっぱなしたり、あるいはいつも酔っ払っているような人間ではない?」
キョウコはかすかに笑みをうかべて頷いた。
p.183

昭和21年の日本人としては「小説に出てくる探偵」の認識がずいぶん先を行ってるような気がする。探偵小説好きということになっているが、それだとむしろ本格ミステリの古典的名探偵を連想するんじゃないだろうか。

当時の江戸川乱歩みたいに、アメリカ兵が日本に持ち込んだペーパーバックをハァハァしながら読み漁っていたのかもしれない。

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2006-04-22

渋谷へ飲みに行く。

最初に入ったのは学生のころからいっていた店。とはいえ入るのは実に久しぶり。

2軒目に入るころには30代3名+20代1名な構成になっていたが、しばらくすると私を除いた30代2名が眠りこけてしまい、とりあえず彼らを起こしてみんな店を出た。

もう若くはないのですね。

[]トーキョー・プリズン / 柳広司

ISBN:4048736760

特殊な状況設定を活かしたサスペンス/本格ミステリ。読後の印象などは[トーキョー・プリズン:こちら]にまとめておいた。

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