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トーキョー・プリズン

ミステリ
トーキョー・プリズン 柳広司 / 角川書店

特殊な状況設定を活かしたサスペンス/本格ミステリ。

舞台は1946年の日本。ニュージーランド人の私立探偵フェアフィールドは、行方不明者の消息を探るため、戦時下の記録を調査しようと巣鴨プリズンにやってきた。だが、巣鴨を管理する米軍中佐は、調査を許可する代わりに、記憶喪失の戦犯容疑者が記憶を取り戻すのを手伝うよう要求した。その元日本軍将校は捕虜を虐待した容疑で告発されていたが、過去5年間の記憶をすべて失っていたのだ。

彼の名はキジマ。特異な洞察力の持ち主で、初対面のフェアフィールドを見ただけでその経歴を見抜いてしまう。キジマの無実を訴える彼の親友とその妹とともに、フェアフィールドは廃墟の東京でキジマの過去を追い始める。いっぽう、巣鴨プリズンでは奇妙な服毒死事件が起きていた。タバコ一箱の持ち込みも見逃さない監視体制の中で、毒物が持ち込まれていたのだ。米軍の思惑で、フェアフィールドは服毒事件の調査も手がけることに……。

印象

……というわけで、記憶喪失の元日本軍将校が安楽椅子探偵を務める物語。舞台と探偵役の特異さがこの作品の魅力を形作っている。
なんといっても探偵役・キジマの造形だろう。フェアフィールドとの出会いの場面で見せる観察力はまさにシャーロック・ホームズ。ややエキセントリックな発言もそのキャラクターをなぞっている。で、その「名探偵」が、一方では記憶喪失の戦犯容疑者として本書の「謎」の中心に位置している。彼は本当に捕虜を虐待したのか?

ある証言が、(内容は否定されないまま)見方を変えるだけで意味が変容してしまうくだりはいかにも本格ミステリらしいやり方。また、巣鴨プリズンという「密室」の仕掛け(某古典の使い回しである)や随所に見られるアナグラムへのこだわりなど、全編本格ミステリらしい技法で組み立てられている。

「戦争」という大きなテーマを背景に、謎解きを駆使して組み立てられたサスペンスが印象に残る。

細部

ゲーリングの自殺

「ところがキジマは、ゲーリングの写真をひと目見ただけで、彼が獄中に青酸カリを持ち込んだある可能性を指摘した。(中略)むこうの調査委員会は、ゲーリングの自殺はキジマが指摘した方法以外には考えられないと指摘したのだ」
p.11-12
Wikipediaの『ゲーリング』の項目によると、2005/2/7のロサンゼルス・タイムズで、「自分がゲーリングに毒物を渡した」という元アメリカ兵の証言が報じられたという。

ちなみに本書でキジマが指摘したのは別の方法で、もちろんミステリとしてはこっちの方がおもしろい。

小説に出てくる探偵

「あなたは、なんというか……小説に出てくる探偵のように派手には見えませんわ」
「不精ひげを生やして、女の尻を追い回し、むやみに拳銃をぶっぱなしたり、あるいはいつも酔っ払っているような人間ではない?」
キョウコはかすかに笑みをうかべて頷いた。
p.183
昭和21年の日本人としては「小説に出てくる探偵」の認識がずいぶん先を行ってるような気がする。探偵小説好きということになっているが、それだとむしろ本格ミステリの古典的名探偵を連想するんじゃないだろうか。

当時の江戸川乱歩みたいに、アメリカ兵が日本に持ち込んだペーパーバックをハァハァしながら読み漁っていたのかもしれない。

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