風邪でダウン/ブラックメタル

しばらく本業が激務*1だったせいか、いろいろなことが一段落したところで風邪でダウン。二日ほど寝込んでいました。

勤労意欲あふれる社会人ならば自己管理の甘さを反省するところだが、私は「二日くらい倒れるのも仕方なかろう」と考えるような自分に甘い人間である*2

意識を朦朧とさせながら読んでいたのが『ブラック・メタルの血塗られた歴史』。
ASIN:9784944124329 ヘヴィ・メタル界隈ではファッションとして、歌詞の素材として取り上げられることの多い悪魔崇拝。これを全力で真に受けてしまったノルウェー方面のメタル青年たちが繰り広げた、陰惨な暴力をまとめたノンフィクションだ。あちらではブラック・メタル・バンドのメンバーが教会への放火に殺人と、陰惨な事件を起こしている。残虐神マイケル・スレイドの聖典『グール』の世界である*3
北欧ブラック・メタル界の人々も写真付きで登場するのだが、corpse paintの顔*4で載ってる人も多く、正直なところ個人の識別には役に立たない。

こんなのばかり読んでいたわけではないですが、それはまた改めて。ちなみにミステリマガジン新刊評用の読書もぶじ完了。

*1 : 世の中いくらでも上はいるので、あくまで自分の基準に過ぎないが

*2 : 他人にも甘い(つもりだ)

*3 : 念のため書いておくが、『グール』はブラック・メタル隆盛以前に書かれた小説。主題歌はアリス・クーパー&グリム・リーパー

*4 : 目の周りだけ黒く塗って顔全体を白く塗る。“クラウザーさん”だ

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ミレニアム2 火と戯れる女

スティーグ・ラーソン / 早川書房

 送っていただいた見本を読了。
 今回はすぐれた調査能力を持つヒロイン、リスベット・サランデル自身の事件。彼女が殺人事件の容疑者として追われ、しかも事件には彼女自身の過去にまつわる秘密が関わっていた。

 彼女の生い立ちについては前作でもある程度触れられていたが、今回はさらに衝撃の事実が明かされる。本筋と直接関係ないのに妙にたっぷり書き込んでるな……と前作を読んだときに思ったのだが、今回につなげるためだったようだ。そういえば本書でも、意味ありげに提示されながらそのまま回収されなかったエピソードが残っているが、これもやはり次で回収されるのだろうか。
 優等生ジャーナリストのブルムクヴィストと、はみ出し者のサランデル。対照的な二人の主人公だけでなく、捜査に当たる刑事たち、さらには敵役の異様な面々と、登場人物の造形は相変わらず鮮やか。キャラクターが確立されているからこそ、クライマックスの衝撃も効いてくる。

 この作品に描かれる事件の背後には、スウェーデンと外国との関わり方がある。時代は違えどシューヴァル&ヴァールーや、あるいはほぼ同時代のヘニング・マンケルにも似た匂いが漂ってくる。

 おそらくはあのエピソードが回収されるであろう第三部も楽しみ。

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茨文字の魔法

ASIN:448852009X パトリシア・A・マキリップ / 原島文世訳 / 創元推理文庫

 捨て子だったネペンテスは王立図書館で育てられ、今では古代の文字を読み解く日々を過ごしていた。魔術を学ぶ若者から預かった一冊の書物が、彼女を虜にする。茨のような文字で記されていたのは、数千年前に多くの国々を征服した皇帝と魔術師の伝説。だが、書物に記された史実は、世に知られたものとは異なっていた。皇帝が生きていた時代から数百年後に栄えた国々までもが、彼に制覇されたというのだ。
 彼女が書物を読んでいる間にも、幼い女王が即位したばかりの王国では、権力をめぐる不穏なたくらみが渦巻いていた……

 異世界を舞台にした物語。もっとも、登場人物の身の回りについての描写は丁寧だが、より大きなスケールでの記述はかなり曖昧で、世界の姿をイメージしづらい。解説に述べられているように、緻密に異世界を描き出すのではなく、感覚的なイメージを重視する作家のようだ。

 ネペンテスが古文書を解読する話と、その古文書に記された古代のできごと、そして現代を舞台にした幼い女王をめぐる政治的なもつれとが並行して語られる。ばらばらのエピソードが、クライマックスで一転に収束する。こういう構成力は見事。

 その構成を支えているのが、伝えられた歴史と書物に記された歴史との矛盾という謎だ。それがたったひとつの仕掛けによって解決されて、ある構図が浮かび上がる。それまで作中で宙吊りになっていた事柄が伏線となって、浮かび上がった構図を補強する。伏線の回収はなかなか巧みで、「ああ、だから○○が××だったのか!」という、優れたミステリに通じる驚きを味わうことができた。

 登場人物はみんな鮮やかに描かれ、それぞれの関係も丁寧に描かれている。にもかかわらずクライマックスからの急展開があっけなく感じられるのは、やはりこの構図がもたらす驚きこそが最大の見せ場だからだろう。

 これは架空の世界でないと使えない技だよな……と思ったけれど、東洋を舞台に似たような仕掛けを使った例を思いだした。荒山徹のある作品である。無茶だなあ(荒山徹が)。

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粘膜人間はペントハウスの夢を見るか?

ASIN:404391301X
昨年の暮れぐらいから、周囲で『粘膜人間』に取り憑かれてしまった人々が増えている。
この本に言語感覚を冒された某氏から届いたメールでは、主立った名詞がほとんど「粘膜」という語に置き換わっていて、なんというかガブラーにガビッシュをガブルガブルされたような文面だった。おおむね意味が通じたのは実に不思議なことである。

私も、昨年暮れのある忘年会で霜月蒼さんから『粘膜人間』がどんな話かを教えられ、その奇異な展開に感銘を受けていたところに「で、ここまでがだいたい20ページ」という衝撃的な一言を聞き、迷わず帰り道に書店に立ち寄り購入し、その夜寝る前と翌朝起きてから2回読んだ次第である。私は堪能したが、念のため述べておくと、さわやかな朝の空気に包まれて読むべき本ではない。

その『粘膜人間』に登場する河童が口にする、独特のオノマトペが忘れがたい。私の周囲でも「グッチョネ」という河童語彙を耳にする機会が増えた*1。「グッチョネ」は河童語彙の代表とも言うべきぐっちょねな響きを帯びた語であるが、これが何を指しているかは各自『粘膜人間』を読んで確かめていただきたい。

で、この「グッチョネ」という言葉、どうもどこかで聞き覚えがある……としばらく気になっていたのだが、ようやく思い出した。ボブ・グッチョーネだ。よりによってボブ・グッチョーネである。名は体を表すとはこのことだろうか。ぐっちょねぐっちょね。

*1 : 杉江松恋氏が連呼している

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十三代目都筑道夫

……と名乗ればいいのにと思ったけど、さすがに畏れ多かったのだろうか。確かに軽々しく名乗れるものではない。そもそも女性なので「道夫」は無理があると判断したのだろうか。

……何の話かを人に理解させる努力を完全に放棄しているわけですが、ミステリマガジンの新編集長就任を祝う会に行ってきたのでした。本人曰く十三代目。なぜ上記のような妄想が浮かんだかというと、早川書房の方からいただいたお誘いのメールに「襲名披露」なんて書いてあったから。

戯言はさておき……翻訳ミステリ周辺の現状からすると大変な航海になりそうですが、ぜひすてきな舵取りを。

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2009-02-24

例年だと本業がかなり繁忙状態になっているのだが、今年はややのんびりした状態。もっとも、仕事がなくなるのもまずいので、身も心ものんびりというわけにはいかないのだが。

ASIN:4434125362ASIN:4434125370 ただ、本を読む時間を確保しやすくなったというメリットも。数日前にロバート・リテルの『CIA ザ・カンパニー』という重量級×上下二巻を読み終えたのだが、もしも今が空前の好況だったら、まだ上巻の途中を読んでいたところかもしれない。

ちなみにリテルの小説は、1950年代から90年代に至るまでのCIAを、同時期にエージェントとなった3人の男たちを通して描いたもの。キム・フィルビーの裏切り、ハンガリー革命にキューバ革命、アフガニスタンでの工作、さらにはゴルバチョフ政権下のクーデターといった史実に、CIA内部に潜んだ裏切り者を探し出す物語が絡み合う。

ジョン・ル・カレの『サラマンダーは炎のなかに』同様、冷戦と冷戦以降とをつなぐようなスパイ小説。もっとも、リテルのほうはもっぱら冷戦を描くことに力を注いでいる。

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砂漠の狐を狩れ

ASIN:4102172319 スティーヴン・プレスフィールド / 村上和久訳 / 新潮文庫

第二次大戦下の北アフリカを舞台にした戦争冒険小説。

時は1942年。英国陸軍に志願した若者は、エジプトへと送りこまれた。
名将ロンメル率いるドイツ軍が、リビア国境を越えて迫っていた。イギリス軍がエル・アラメインで枢軸軍を迎え撃とうとする中、長距離砂漠挺身隊の一員となった若者たちは、敵将の殺害という任務を命じられる。最前線を飛び回って指揮を執るロンメルの位置を突き止めるため、彼らは砂漠の海へと乗り出した……。

舞台は砂漠。生き延びるだけでも十分に過酷な環境で、しかも戦争をやっているのだ。補給の途絶は死を招く。変わりばえのしない風景が続く中で、道しるべとなるのは星々の位置。そういえば、従軍記者として北アフリカの戦いを経験したアラン・ムーアヘッドも「砂漠の戦いは海の戦いに似ている」「砂漠の軍隊は、地域や拠点の征服ではなく、敵との戦闘を求めているのだ」と書いている。そんなわけで、過酷な環境でのサバイバルを語る言葉は、海を舞台にした小説と似通ったところがある。舞台こそ砂漠ではあるが、英国海洋冒険小説の延長線上に位置する作品でもあるのだ。

登場人物も、物語の軸となる敵将エルヴィン・ロンメルの存在はもちろん、特にイギリス軍人たちの「いかにも英国的」な気質が忘れがたい。

あわせて読むとよさそうなのは:

  • アラン・ムーアヘッド『砂漠の戦争
    上記引用の出典。従軍記者の目から見た北アフリカの戦いを、その結末まで描いている。
  • デズモンド・ヤング『ロンメル将軍
    エルヴィン・ロンメルの評伝。著者は英軍将校で、北アフリカでロンメルの捕虜になった経験の持ち主。『砂漠の狐を狩れ』にもそのエピソードが記されている。
  • マーチン・ファン・クレフェルド『補給戦
    イスラエルの研究者による、戦争に占める補給の重要さを分析した本。第六章で北アフリカ戦線を取り上げている。補給の重要さについて理解が欠けていたとして、ロンメルには批判的。
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OB会

慶応大学推理小説同好会のOB会。いつもは11月頃にあるけれど、今回は諸事情でこの時期に。
久しぶりに会う面々も多く、気がつけば終電間近、という時間まで飲んでいた。それでも不思議と悪酔いはしなかった。
粘膜人間』がずいぶんと話題になっていた。慶応推理研は今後も安泰のようである。
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歯と爪

ASIN:4488163025 ビル S.バリンジャー (著), 大久保 康雄 (翻訳)

しばらく前から気になっていることがある。

  1. 東京創元社は、未開封の『歯と爪』に対する返金を今でも受け付けているのだろうか?
  2. 実際、今までどのくらい返金請求があったのだろうか?
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スターリングラード

スターリングラード―ヒトラー野望に崩る / ジェフレー・ジュークス (著), 加登川 幸太郎

第二次大戦下、スターリンの名を冠した街をめぐる独ソの激闘について書かれた本。
ただしここでふれておきたいのは本文ではなく、驚きに富んだ訳者あとがきである。

訳者はまず、スターリングラードの戦いの地理的な広がりが、日本人には想像しにくいことを指摘する。そこで説明のために持ち出したのが……

日本の地形にあてはめて距離を見ることにしよう。

こんなことをするから大変なことになってしまう。

ボルガ川岸にあるスターリングラードを、隅田川にある東京においてみよう。するとドイツ第十四機甲師団が突破進出した市の北部は草加付近、ソ連軍が最後まで確保した南部のベケトフカは横浜港付近となる。

……と、こんな具合である。位置関係はわかりやすいかもしれないが、何かほかのことを犠牲にしているような気もする。だが、それでも訳者あとがきはつづく。

第十四機甲師団は、飯能市の西から一挙に突進して二十三日、草加付近でボルガ川に進出した。ホトの第四機甲軍は、浜松付近のツィムリンスカヤでドン川を渡り、伊豆半島の南をまわり三浦半島、相模湾に殺到する。九月にはいって、闘いは東京の池袋、新宿、品川の山手線の東の地区でつづいたが、ついに隅田川の西にかじりついているソ連第六十二軍を追いおとせなかった。

都庁付近でドイツ軍とソ連軍が死闘を繰り広げる……という、きらめきと魔術的な美に満ちた光景がどうしても頭から離れなくなってしまう。戦争だって? そんなものはとっくに始まっているさ。

さらに外周からの攻撃が、富山県、石川県北部をまもるイタリア第八軍にくわえられた。

イタリア軍だ! イタリア軍だ! 北陸は彼らにとってずいぶん寒いのではないだろうか。東部戦線はもっと寒そうだが。

これでチル川の西側もソ連軍の手に入った。名古屋(タッチンスカヤ)、中津川(モロゾフスク)の主補給飛行場も使えなくなる。

カッコの使い方が絶妙、なにしろ「名古屋(タッチンスカヤ)」である。もう「名古屋」を「なごや」とは読めなくなってしまいそうだ。タッチンスカヤタッチンスカヤ。地元での発音は「たっちんすきゃあ」に近いのだろうか。ほかに「浜松(ツィムリンスカヤ)」「横浜(ベケトフカ)」など。ベケトフカみなとみらい。また、「大菩薩峠(カラチ)」なんてのもなかなか強烈である。

言うまでもないが、訳者はトンデモな人ではまったくない。ないのだが、ロシアの地理を日本に置きかえて説明しているせいで、なんだか架空戦記っぽい世界が生み出されてしまっている。邪馬台国はエジプトであり投馬国はクレタ島だったと唱えた、木村鷹太郎の新史学を連想してしまった。

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