テオ・ヤンセン展

こんな動画を見て以来気になっていた、テオ・ヤンセンの作品が日本で展示されているのを見に行ってきた。

黄色いプラスチックのチューブやビニールやペットボトルをつなぎ合わせて作られた何かの骨格みたいなものが、風を受けて歩いたり這い回ったりする。もっとも、展示会場はけっこう狭くて、こんな「いきもの」を何体か並べたらもういっぱい。実際に動くのは2体だけ。

うち1体は、あまりに巨大だからか、1時間に1回だけスタッフが説明しながら動かしていた。「ぷしゅう」などとペットボトルから空気を噴き出しながら脚をもぞもぞと動かして這い回る様は、たしかに「いきもの」と呼びたくなるようなもの。
本来は海辺で風を受けて動くことを意図したものだが、屋内なので本物の風で動かすわけではない。とはいっても、人間よりもだいぶ大きな構築物がぞわぞわと動き回る様子を見られただけで十分満足。

もう1体はやや小ぶり。こちらは実際に手で押したり引いたりして動かすことができた。止まった状態での見た目もなかなかに強烈だが、実際に動くのを見てこそ意味のある展示だった。

大した予備知識もないままに見に行ったので、単に「動物みたいな動きをするオブジェ」だと思っていた。が、会場での説明や,売られていたカタログの記事からすると、どうやらこの人、風力をエネルギー源にして自律して動き回れる「生き物」を作ろうとしているようなのだ!

なにしろ、スタート地点はコンピュータの中の人工生命プログラム。そこからスタートして、実際に動き回るものをチューブを使って組み立てるに至ったわけだ。中にはチューブの組み合わせからなる「遺伝子」を持ち、他の個体と「生殖」して遺伝情報をやりとりするものまであるという。さらに近年の種は、水や乾いた砂を「知覚」する仕組みまで備えている。けっこう本気なのである。

むかし読んだ『模型は心を持ちうるか』という本を思いだした。モーターとセンサーを組み合わせた単純な模型を徐々に複雑にして、生物のような複雑な動きをさせる。そんな過程を描きつつ、神経科学や心理学の知見を説いた本である。

プラスチックのチューブやペットボトルをつないだ「生き物」に、センス・オブ・ワンダーを堪能した一日だった。

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未完のモザイク

ASIN:4576090046 ジュリオ・レオーニ (著), 鈴木 恵 (翻訳)

中世のフィレンツェを舞台に、執政官のひとりに任じられた詩人ダンテが探偵役を務めるミステリ。
モザイクの名工が殺された謎を解く物語だが、印象に残るのは事件の捜査そのものよりも、フィレンツェに蠢くいくつもの陰謀。怪しげな学者たちが町の酒場に集い、エキゾチックな踊り子もなにやら秘密を抱えているようで、さらには異端の信奉者が暗躍し、ローマ教皇庁がなにやら企んでいる……という、不穏な気配が物語の魅力を生み出している。

終盤に見られる大風呂敷の広げっぷりもなかなか凄い。クライブ・カッスラーかと思ったよ。
詳しくは2月末刊行のミステリマガジン4月号で。

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今年もよろしくお願いします。

……と今ごろ書いていると、たいへん間の抜けた感じでいいですね。
が、今年最初の更新は一月も終わろうというこの時期なのでした。
ひきつづき適当にやっていきます。
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狼のゲーム

ASIN:4270102640 ブレント・ゲルフィ (著), 鈴木 恵 (翻訳)

現代ロシアを舞台にした犯罪小説。主人公はチェチェン紛争で片足を失った元軍人、今ではマフィアの一員。幻の名画を奪い合う大物同士の暗闘に巻き込まれ、政治家たちも関わるロシアの暗黒社会で,生きるか死ぬかの闘いを繰り広げることに……。

ソ連の崩壊は、冒険小説やスパイ小説の便利な敵役を消し去ってしまったかもしれない。だが、代わりに腐敗と暴力のワンダーランドを生み出した*1。書いているのはロシア人ではなく、他国の作家たち。フリーマントルの最近の作品をはじめ、フィリップ・カー『屍肉』、ロビン・ホワイト『永久凍土の400万カラット』、ジェームズ・ホーズ『腐ったアルミニウム』とか。当のロシア人はあまり愉快な気分ではないと思うが、今や暗黒ロシアはこの手の小説の有望な舞台になっている。

主人公もその恋人も敵役たちも平気で人を殺すような連中ばかりで、暴力描写はけっこう凄惨。暗黒ロシアという不穏な舞台の生々しい描写も加わって、過酷な緊張感が全編に漂っている。

*1 : もちろん、実際のロシアがどうかは知らない。怪しげな事件はいっぱい起きているようだが。

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タイタス・クロウの帰還

ASIN:4488589030ブライアン・ラムレイ (著), 夏来 健次 (翻訳)

地を穿つ魔』の続編。

前作の結末から十年。邪神の襲撃に遭い、行方不明となっていたド・マリニーが半死半生で発見された。彼の心に響くのは、離ればなれになったタイタス・クロウの助けを求める声。その声に応えるド・マリニーの助けを得て、ついにクロウは現代の地球に帰ってきた。時間と空間を超えた、クロウの驚異の旅路が語られる……。

クトゥルー眷属邪神群との決戦はまだまだ先。本書では、タイタス・クロウが帰還するまでのオデッセイが語られる。恐竜が大地を闊歩した過去から、人類滅亡後の遠い未来まで。さらには宇宙の彼方に栄える異質な文明との交流も(これがあまり異質な文明という感じがしなくて苦笑。SF向きの作家ではなさそうですね)。

陰謀小説めいた前作とは全く異なる、異境の旅の驚異を描いた物語。小説としてはきわめて荒削りだが、おもちゃ箱をひっくり返したような奔放な楽しさは前作を上回るところも。

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アインシュタイン・セオリー

ASIN:4150411891 マーク・アルパート(著), 横山 啓明 (翻訳)

科学史家デイヴィッドの恩師が何者かに襲撃され、謎めいた番号を言い残して死んでしまった。FBIはなぜかデイヴィッドを捕らえて尋問する。このときから、デイヴィッドは強大な破壊力を実現する物理理論の争奪戦に巻き込まれてしまったのだ。
その理論の生みの親はアインシュタイン。彼は生前ひそかに統一場理論を確立していた。だが、理論の悪用を恐れたアインシュタインは、愛弟子の手を借りてその理論を封印してした。そして今、その理論を手に入れようとする者たちが動き出す……。

悪用されたくないなら書き残すなよ、とアインシュタインに突っ込みたくなるような話だが、冒頭から山場の連続で、最後まで飽きることなく読めた。序盤でおもちゃの水鉄砲ひとつで身を守る場面や、自閉症の少年が愛するゲームをはじめ、脇役や小道具の使い方は巧妙。

ただし、前述したような突っ込みどころが目立つのも確か。さすがに、単なる物理法則であればいずれ誰かが再発見してしまうのでは……というところについては一応回答らしきものが用意されていた(これがニコラ・テスラの謎の発明品だったりしたら、もっと再現も難しくなるのだが)。また、論文の隠し方も気になる。どうせ隠すなら、愛弟子もよく考えて隠し場所を選ぶべきだと思った(後から明かされる「バックアップ」の存在はむしろ巧妙なのだが)。

とはいえ、いわゆるジェットコースター風サスペンスとしては十分に楽しめる作品だ。
欲を言えば、せっかく物理理論を話の核に持ってくるのであれば、こんなマクガフィンみたいな扱いではなく、『数学的にありえない』くらいに物語の展開と不可分になっていれば……と思う。

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2008-11-26

3連休のあとでおもむろに風邪をひいてしまい、結果として4.5連休になってしまった。
といってもぐったりして過ごしていただけなので、長くなっても喜ぶ要素はあまりない。強いて言えば、久しぶりに「ヒマをもてあます」という経験ができたことくらいかな。なにしろ、ひどいときは本を読んだりPCの画面を見たりするだけでも頭が痛くなっていたのだ。
風邪でもひかない限りヒマをもてあますことがない、という状況はどうにかしたいところ。
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イノセント・ゲリラの祝祭

ASIN:4796666761 海堂尊 / 宝島社

『チーム・バチスタの栄光』から始まる、田口&白鳥シリーズ最新作。今回の舞台は医療現場ではなく、厚生労働省の会議室。ミステリらしい事件が起きるでもなく、ただ会議と根回しだけが続く。
 というわけで、普通ならきわめてつまらない話になりそうだが、その会議と根回しだけの話を最後まで飽きさせずに読ませてしまうのがこの作者の力量。会議の背後に渦巻く官僚や学者たちの思惑と暗躍を連ねて、謀略もののような駆け引きを描いてみせる。書類あさりとインタビューだけで成り立っているジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』のようなもの、しかもル・カレより読みやすい。
 読みやすさの理由は、登場人物たちの立場の違いを明快にしているからだろう。そのせいか、デフォルメが効き過ぎたように感じられるキャラクターもいる。たとえば厚労省の官僚なんて、いくらなんでも部外者の前でこんなに正直に本音を語ったりはしないだろう(そういうことを平気でするから、本シリーズでの白鳥は異端の存在として強い印象を残していたのだが)。まあ、みんなが婉曲的なしゃべり方ばかりすると、それこそル・カレになってしまうのだが。
 デビュー作からしてそうだったけど、現実の医療制度に対する危機感が強く感じられる。後半はほとんど『死因不明社会』の小説版。ただし、なにぶん会議と根回しだけの話なので、作者の主張がほとんどそのまま登場人物の口を借りて語られるだけになっているのはちょっと残念。作者の危機意識を物語に取り込む、という点では『チーム・バチスタの栄光』や『ジーン・ワルツ』などのほうがうまくいっている。あまりいないとは思うけれど、本書で初めてこの作者の本を読む、という人はかなり戸惑うことだろう。

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ジョン・ル・カレ新作

 またまただいぶ間が空いてしまった。

 8月、9月のあたりにジョン・ル・カレのことに言及しているのだが、実はそのル・カレの新刊の解説を書いていた。下準備の一環として旧作を読み返していたところ、ついつい引きずり込まれてしまって抜け出せなくなってしまった。結局、ほぼ全作を読んでいたことになる。

 ル・カレの小説をいろいろ振り返ってみると、どうしてもキム・フィルビーについても触れないわけにはいかない。そんなわけで関連する本を数冊読んで、今やすっかりキムといえばフィルビーである。最近までは朝鮮半島を巡る謀略ものなどを読んでいて、キムといえばジョンイルだったのだが。
 ル・カレ、フィルビーときて、今はイギリス外交史の本などを読んでいたりする。

 読み返していて最も印象深かったル・カレ作品は、1990年の『影の巡礼者』だった。
 英国諜報部の新人教育係が、ジョージ・スマイリーを呼んできて新人たちにありがたい講演をしてもらう話。それだけだとさすがに長編としてもたないので、教育係がスマイリーの話を聞きながら、過去のあんな出来事やこんな出来事を回想する。ル・カレの小説としては「ゆるい」作品ではある。なにしろジョージ・スマイリーというキャラクターに頼って一冊書いちゃったのだから。だが、解説を書く立場で読み返すときわめて興味深い一冊だった。ル・カレがスマイリーを通じて冷戦を総括し、新たな時代にどんなものを書いていくかを語っているのだ。

 その新たな時代が始まって10年ちょっと過ぎた頃に書かれたのが、解説対象の『サラマンダーは炎のなかに』(光文社文庫、11月刊行予定)だ。原題は”Absolute Friends”なのだが、邦題は作中の台詞から。
 ル・カレがはじめて2001年9月11日以降を扱った作品だ。最近のル・カレは、ブッシュ政権の「テロとの戦い」を批判しているが、『サラマンダーは炎のなかに』にもその批判が色濃く表れている。まずは冷戦時代を背景に、英国情報部のために働く小役人と、東ドイツ秘密警察の一員との奇妙な友情が描かれ、そして21世紀に入ってからの二人の再会と、その背後にある企みが語られる。
 初期の作品以来、久しぶりに東ドイツの諜報機関なんてものが登場する。ル・カレの過去と今とが入り交じったような小説だ。

 ちなみに、ル・カレは先月”A Most Wanted Man”という新作を世に送り出したばかり。公式サイトやYouTubeで、作者本人も出てくるトレイラームービーを見ることができる。

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死者にかかってきた電話

死者にかかってきた電話 / ジョン・ル・カレ / 宇野利泰訳 / ハヤカワ文庫NV

 わけあってル・カレの作品をいくつか読み返している。

 かつて共産党に所属していた──外務省の官僚フェナンの過去を暴露する匿名の密告。諜報部員スマイリーはフェナンに会い、彼を疑う必要がないことを確信し、本人にもそのことを告げていた。彼の嫌疑は晴れたのだ。
 にもかかわらず、フェナンは死んでしまった。嫌疑を苦にしての自殺。そんな解釈を、スマイリーは受け入れることはできなかった。事件の夜、フェナンが翌朝にサービス電話をかけてもらうよう依頼していたことが判明し、疑念は確信へと変わった。調査を進めるスマイリーの行く手には、東ドイツ諜報部のたくらみが潜んでいた……。

 ジョン・ル・カレのデビュー作である。
 後の作品でもそうだが、ル・カレはしばしば本筋から離れた、かといって脇道とも言えない微妙な位置のエピソードから語りはじめる。本書の冒頭はこうだ。

終戦まぢかになって、レディ・アン・サーカムはジョージ・スマイリーと結婚した。

 以下10ページにわたって、スマイリーの人物像、そして生い立ちと経歴が語られ、そしてようやく、スマイリーが深夜にタクシーで職場に向かっていたことが知らされるのだ。
 ちなみに、ここで語られるスマイリーという人物の特性は、後の作品群でもまったく揺らぐことはない。

かれ自身の推理能力を実地に応用して、人間行為の謎を探究する理論作業

 スマイリーがやってるのはいつもこれだ。本書では外務官僚の死の真相を解き明かすことになるが、その手順はまさに本格ミステリ。ラストでは、いささか殺風景な文体で事件の意外な解釈が綴られている。
 ル・カレというとどうしても『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』あたりの重厚さが印象深い。この本も決して軽快に書かれているわけではないが、短いのでル・カレらしさを満喫しつつも短時間で読み終えることができた。

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