バットマン/サンダーバードの恐怖

ジョー・R・ランズデール / 竹書房文庫

 バットマンを題材にした小説はいろいろな作家が書いていて、『バットマンの冒険』なんてアンソロジーもある。中でも興味深いのが、作家の個性が出ている作品だ。児童虐待をテーマにして書き続けるアンドリュー・ヴァクスの『バットマン 究極の悪』では、バットマンの敵はもちろん児童売春で、すてきな本格ミステリの短編を山ほど書いているエドワード・ホックの場合は、バットマンが謎解きに挑むといった具合。

 そういう意味では、この『バットマン/サンダーバードの恐怖』もまた、ランズデールの色が濃く浮き出ている。深夜、人々を轢き殺す謎の車。それは往年の名車、サンダーバードだった。車の運転手の正体を探るバットマンをあざ笑うかのように、サンダーバードは次々と死をもたらす。自動車が決して入ることのできない密室の中にいても、逃れることはできない……。

 短い物語の中に印象を焼き付ける登場人物たちもさることながら、犯人の正体も忘れがたい。実はとてつもなく手垢のついたネタだったりするのだが、その換骨奪胎ぶりは実に巧妙。ひき逃げ犯人の正体が明かされる場面の描写は、シュールでありながら異様な生々しさを感じさせる。
 生々しさといえば、ところどころに見られるスプラッタ描写は、やはりスプラッタパク・ムーブメントの中にいた作家ならではのものだ。

 ところで『バットマン』といえば、都会の闇の印象が強い。が、本書で主に描かれるのは郊外の暗闇、あるいは原野の暗闇だ。その闇の中から襲いかかるのは、文明の象徴ともいうべき自動車なのだが、これが強烈なまでに野生の匂いを放っている。

 文明の姿をした野生という二面性は、バットマンの持つ二面性--不吉な姿をした正義の味方--にも重なる(そういえばバットマンの宿敵には、二面性を体現するかのようなトゥーフェイスなんてのもいる)。そして、結末ではアメリカという国の二面性も浮かび上がる--と読んでしまうのは、いささか思い込みが過ぎるというものだろうか。

 また、本書での暗闇の扱いは、『ボトムズ』に描かれる森の暗闇の扱いにも似ているような気がするが、それについてはまたの機会に。

 ちなみに、ランズデールがバットマンを描いた作品はほかにもある。前述の『バットマンの冒険』に収められた短編、「地下鉄ジャック」だ。こちらも異様な秘密を抱えた連続殺人者を描いた物語で、華麗な邪悪さとでも言うべきものを感じさせる、熱気に満ちた文体が印象に残る。

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マンハッタン狩猟クラブ

ASIN:4167661594ジョン・ソール / 文春文庫

 都市の地下でひそかに繰り広げられる「人狩り」ゲーム。そこに、標的としてほうり込まれてしまった男の物語。

 主人公のジェフは、身に覚えのない殺人で有罪判決を下された青年。投獄の直前に拉致された彼が連れてこられたのは、ニューヨークの地下だった。彼は「ゲーム」に参加させられたことを知る。ジャガーという男とコンビで、彼らを追う完全武装の狩人たちから逃げるのだ。だが、ジェフは知らなかった。相棒のジャガーが、仲間に異常な愛情を抱く猟奇殺人者であることを……。

 ニューヨークの地下。下水道や閉鎖された地下鉄のトンネルや駅には、地上とは別のコミュニティが築かれていた--というのは、絵空事ではなさそうだ。ニューヨークの地下生活者を扱った『モグラびと』というノンフィクションもある。

 都会の地下は人跡未踏の大洞窟ではない。地下のコミュニティは地上のそれとは別物だが、隔絶されているわけでもない。すぐそこにある異世界なのだ。

 あなたの足元に、あなたの思いもよらない世界が広がっている。そんな「不可視の領域」に関する空想は、何者かがこの社会を裏からコントロールしている--という陰謀論とも相性がいい。こちらは「不可視」というより「吹かし」であることが多いのだが。

 そう。これはすぐれた地底小説であるだけでなく、陰謀小説でもある。ゲームを仕掛けた黒幕の素性をみるがいい。その名前も、陰謀論の世界ではおなじみ、ジョン・コールマンの著作に登場する組織名をヒントにしているようだ。

 異様な世界での人狩りゲームを、さらに異様なものにしているのが「相棒」のジャガー。ジェフにとっては謎めいた仲間、しかし実は猟奇殺人者。狩人から逃げ惑う過程で、ジャガーは徐々に牙を剥く。追跡劇のスリルに殺人鬼のサスペンスが重なり合い、緊張はクライマックスまで途切れることがない。

 ジョン・ソールといえば、子供がひどい目に会う陰鬱なホラーの書き手として知られている。こんなスピーディなスリラーを発表するのは少々意外ではあるが、まあ20年も子供いじめてきたんだから、そろそろ違うことをやりたくなるのも無理はない。

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木曜日に生まれた子ども

ASIN:4309204066ソーニャ・ハートネット / 河出書房新社

穴を掘る才能に恵まれ、地中で暮らすことを選んだ少年ティンと、その家族の物語。

時は第一次大戦後、舞台はオーストラリアの荒野。語り手の少女ハーパーには、ティンという奇妙な弟がいる。彼は幼いころから穴を掘るのが大好きだった。やがてティンはトンネルを作り、地中で暮らすようになり、地上の家族の前にもほとんど姿を見せなくなる。

おりしも大恐慌。一家には次々と災難が降りかかる。その折々に、ティンが地底から姿を見せる。救いになることもあれば、トラブルになることも。彼は徐々に、いける伝説のようなものになってゆく……。

風変わりな地底小説である。家族の中でただひとり「遠く」に行ってしまったティンは、遠くて近い他者。長大なトンネルを掘るその姿は次第に怪物めいたものになってくるけれど、それでも彼を家族として認めるハーパーたちの姿勢がいい。

過酷にして叙情的な物語だ。大恐慌が家族を疲弊させる様子が生々しく描かれる一方で、ティンの出現する場面はどこか幻想めいたものを感じさせる。クライマックスの荒々しい情景には、生々しさと幻想とが溶け合った奇妙な感動がある。

Pendragon/The World 題名はマザーグースの一節、”Thursday’s child has far to go”に由来しているとのこと。Pendragonの”The Voyager”という曲を思い出した。詞はマザーグースとは少し違っているけれど、やはり「木曜日の子どもは遠くへ旅に出る」という一節があるからだ。

ところでほかの曜日はどうなっているんだろう、と調べてみたらこんなサイトを見つけた。

http://www1.odn.ne.jp/~cci32280/pbMotherGoose.htm

ちなみに私は金曜日生まれ──愛情豊かなのだそうな。愛情豊か、ねえ。

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2004-03-08

最終回

ミステリマガジンの書評と、産経新聞で2年ほど続いていた「ミステリー千夜一夜」の最後の回の原稿を送付。

産経新聞のほうはこんな形式だ。

3人のレビュアーが、毎回3つの作品を取り上げる。どの作品にするかを決めるのは、3人が毎月回り持ちで担当する。選んだ人は400字弱で3冊について書き、あとの2人は28字×3冊分のコメントを書く。

一見すると楽そうだが、一つの作品を28字で、というのはなかなかに難しいものがあった。なんだか俳句や短歌みたいなものである。

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2004-03-01

地底

マーク・サリヴァン『地底迷宮』はエンターテインメントに徹していて非常に楽しめた。

ISBN:4102027114

ISBN:4102027122

舞台の大半は地底。以前「英国地底魂」なんて文章を書いたこともあるけれど、地底を舞台にした小説というのは面白いものが多い。地底というものが人の想像力をなにかと刺激してしまうことは、『帝都東京・隠された地下網の秘密』ISBN:4896916808なんて本からもうかがえる。

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七つの時計

ISBN:4151300740(アガサ・クリスティー / 早川書房・クリスティー文庫)

解説:仮面の下に驚きを

 秘密結社。

 この言葉から、あなたは何を思い浮かべるだろう? 国際紛争の行方から郵便ポストの色まで、あらゆる事象の背後で糸を引いている陰の支配者? それとも、世界征服の野望を毎週のように正義のヒーローに妨げられる悪の組織?

 いずれにしても、「秘密」の文字を冠するからには、素性を隠す謎めいた呼び名は欠かせない。素顔を隠す覆面などの怪しいコスチュームがあれば言うことはない。もっとも、そんなのがうろうろしてたらとても目立つから、秘密を守るのは難しそうだ。でも、秘密結社らしさを守ることだって大切だよね。

『七つの時計』の影の主役は、そんないかにも怪しげな秘密結社だ。メンバーはちゃんと仮面をかぶっているし、お互いを奇妙なコードネームで呼び合っている。わかりやすくて大いに結構。物語に出てくるのはみんな大人ばかりだけど、気分はまるで少年探偵団だ。

 あまりに陳腐? そうかもしれない。クリスティー自身も照れくさかったようで、ヒロインが目撃した秘密結社の様子を聞かされた登場人物に「まさかぼくをからかってるんじゃないよね?」とか「なにもかも、百ぺんも小説のなかで読まされたことばかりだ」(217、218ページ)なんてことを言わせている。

 でも、陳腐さを恥じることなんてない。たしかに仮面をかぶった連中の秘密結社なんてのは陳腐で、しかも荒唐無稽だけど、その荒唐無稽さのおかげで、ぼくたちはクライマックスでびっくりできるんだから。

 そう。『七つの時計』は冒険・スパイものと銘打たれてはいるけれど、楽しさの核にあるのは「びっくり」で、それはクリスティーの数々の謎解きミステリと変わらない。真相が明かされた瞬間の鮮やかな驚きは、あまたの名作にもまったく見劣りしない。

 その鮮やかさを支えているのが、仮面や奇妙な呼び名という、秘密結社らしさあふれる儀式的な要素だ。本文を読んだ人は、謎の組織の正体が明かされる場面を思い出してほしい。なんとも芝居がかったあの瞬間は、この物語のもつ「びっくり」の核を端的に表している。まずは要点を効果的に伝える──すぐれたプレゼンテーションじゃないか。発表当時でさえ陳腐になっていたような要素を、クリスティーはぜんぜん陳腐じゃないやり方で再利用してみせたんだ。

 主人公・バンドルの性格づけも、このプレゼンテーションに大きく貢献している。彼女は好奇心と行動力のかたまり。クリスティーの作品によく登場する、良くも悪くも熟考するより先に行動に出るタイプだ。

 正直なところ、バンドルは事件の解決に役立つどころか、かえって騒ぎを大きくしている。でも、彼女が動いてくれるおかげで、謎の魅力もふくらんでいるんだ。自分のいないところで起こった事件にどんどん首を突っ込んでゆくヒロインは、この物語の謎を謎として成り立たせるのに必要不可欠だといってもいい。

 ところで、『七つの時計』はクリスティーの作品では初期のものだ。仮面の秘密結社を見てもわかるとおり、後の「ミステリの女王」の風格が漂う落ち着いた作品にくらべると、ずいぶん稚気にあふれている。「ミステリのお姫様」の作品といえばいいのかな。

 実はこのお姫様、『七つの時計』を発表した一九二九年ごろは何かと大変だったのだ。結婚生活はうまくいかず、『アクロイド殺し』が話題になったことによるプレッシャーにも苦しんでいた。二六年には失踪事件を起こし、さらに二七年の『ビッグ4』は彼女ならではの精緻なきらめきを欠いてしまう。そして二八年には、とうとう不幸な結婚生活にピリオドを打つ。……という状況をふまえて、二九年発表の本書を読んでみよう。ヒロインにはロマンスも花盛りのこの陽気な物語は、そういう境遇にあった女性が書いたものなんだ。辛い日常からの逃避、という側面もあったのかもしれない。でも、そんな中でこういう作品を仕上げてみせた彼女の強靭な稚気が、三〇年代に入ってからの傑作の連発に結びついたんじゃないだろうか。

 すでに本書を読んだ人のために、ほかの本へのリンクをいくつか。

 まずは『チムニーズ館の秘密』。『七つの時計』で「四年前の事件」と言われているのは、この物語のことだ。舞台はもちろんチムニーズ館。当時もおてんばだったバンドルや、ケイタラム卿にジョージ・ロマックス、バトル警視といった面々も顔を見せる。内容は『七つの時計』と直接関係ないけれど、両方読んでおくとより楽しめるんじゃないかな。

 『七つの時計』の謀略はスケールが小さい! とご不満の方は、『ビッグ4』なんて面白いんじゃないだろうか。さっき述べたとおり、お世辞にも傑作とはいえない。クリスティーのワーストなんて言っちゃう人もいるくらいだ。とはいえ、これは愛すべき作品ではある。なにしろこの作品は、エルキュール・ポアロが世界征服を企む悪の組織を相手に戦う一大娯楽活劇なのだ。広げた大風呂敷をたたむ手際は少々雑だけど、なんといっても世界征服である。夢は大きく持ちたいね。

 いっぽう、本書を読み返して、その技巧に感心した人には、この騙しの技法をさらに発展させた『そして誰もいなくなった』を。でも、とても有名な作品だから、とっくに読み終えているかもしれない。それなら、若島正の「明るい館の秘密」はどうだろう。『そして誰も~』に張り巡らされた仕掛けを、丁寧に読み解いた評論だ。みすず書房の『乱視読者の帰還』か、宝島社新書の『ミステリよりおもしろい ベストミステリ論18』で読むことができる。

 ヒロインの活躍ぶりが気に入った、という人も多いんじゃないだろうか。クリスティーの作品にはこういう元気なヒロインがたくさん出てくるけど、中では『秘密機関』のタペンスが有名だ。相棒のトミーとのやりとりを読んでるだけで読者をわくわくさせる。ほかにも『茶色の服の男』『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』『バグダッドの秘密』……と、元気なヒロインが出てくる作品を挙げるときりがない。だから、あとは自分で探してください。ごめんね。

 さて、解説はそろそろおしまいだ。
 もしもあなたが、まだこの本を読んだことがなくて、とりあえず解説をのぞいてみたのならば、ぜひ物語を楽しんでいただきたい。
 いまどきのスリラーに比べればずいぶんのどかではあるけれど、冒険への憧れを体現するバンドルの元気な活躍が、真相が明かされるときの世界がひっくり返るような驚きが、あなたを待っている。そして読み終えたあとは、再読して作者の技巧の冴えを堪能することだってできるんだ。
 それじゃ、楽しい読書を!

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ジェシカが駆け抜けた七年間について

ISBN:4562037385歌野晶午 / 原書房

女子マラソンの世界で起こった悲劇を、トリックを仕掛けることでミステリーに仕立てた作品。

『葉桜の季節に君を想うということ』で不満だった点が、この本ではきれいに解決されていた。『葉桜~』に感じた不満というのは、

  • ある事実が伏せられているだけで、伏線としては弱い
  • 仕掛けにこめられた驚きが、描かれる事件の解決とほぼ無関係

というのが主なところ。これが本書では、

  • 伏せられている事実を匂わせる記述が、実は大量に埋め込まれている
  • 仕掛けにこめられた驚きが、描かれる事件と絡み合っている

と改善されている。特に後者は重要で、『葉桜~』の仕掛けがひっくり返してしまう範囲というのが物語のある一部分(重要な要素ではあるのだが)に限定されていたのに対し、『ジェシカ~』では物語の意味そのものが変わってしまう。これまで読んできた物語が、実は全く違う物語だったのだ──という驚き。女子マラソンという背景すら、この仕掛けを成り立たせるために選ばれたもののように思える。

 そんなわけで、「読者をびっくりさせる」という一点に集中して大技を仕込んだ作品としてはたいへん満足。

(ただし、35ページ2行目の表現は勇み足ではないかと思う。本書の仕掛けにかかわる部分だけに、ちょっと残念なところである)

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迷宮の暗殺者

ASIN:4789721973デイヴィッド・アンブローズ / ヴィレッジブックス

ミステリというと、たいていは「最後にびっくり」だ。最後の一行で読者を驚かせようと工夫を凝らす作家も珍しくない。

ただし世の中には、「真ん中でびっくり」という作品もないわけではない。殊能将之『黒い仏』とか、あるいはエドウィン・コーリイ『日本核武装計画』とか。ちなみに後者はあまりにも意外なので、中盤の、意外な秘密が明かされる一行を読んで「一体これは何のことだ?」と疑問に思ったものだ。前者は30ページも読めばアレの話であることは明白だと思うのだが、周囲からは「分かる訳ねえだろ」と言われ続けているので、不本意ながらここに挙げておく。

『迷宮の暗殺者』もそんな「真ん中でびっくり」の一冊。アメリカ政府の特殊工作員の物語と、夫の死を探る医師の物語が交錯して、すさまじく無茶な展開が訪れる。

まあ、無茶ではある。もっとも冒頭のエピグラフを見れば、変な小説を山ほど読んだ人なら、どんなテーマの話かはあっさり見当がつくだろう。

そのテーマ、ということさえ分かってしまえば、あとはお約束の範疇に収まる物語ではある。それでも、第二部ラスト1行のご無体ぶりはすばらしい。

なんたって主人公が【自主規制】なのだ! 【自主規制】!

キワモノをキワモノとして楽しめる方におすすめしたい。

作者は『幻のハリウッド』のデイヴィッド・アンブローズ。あちらはヒネリの効いた短編集だが、こちらはよじれまくってもう何がなんだか。

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2004-02-24

ある雑誌の打ち合わせ。

別の雑誌に書いた記事を見て声をかけてくださったとのことで、たいへんありがたいことである。

それにしても、打ち合わせの席に現れた逆密室5名のうち2名が

ISBN:4896917847

を持っていたとは……

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2004-02-23

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