ブレイクスルー・トライアル

ISBN:4796656731伊園旬 / 宝島社

 今回(第5回このミス大賞)の大賞受賞作。

 舞台はとある研究施設。そのセキュリティシステムを破るコンテストに、主人公をはじめとする複数のチームが挑戦する。最も短時間に目的をクリアしたチームに賞金が与えられる。ただし、彼らには「セキュリティ破り」以外にも隠れた目的があって……という物語。

侵入開始までの流れにかなりのページを割いて、各チームのメンバーをじっくり描いている。会話などのやり取りも軽妙で、離陸後の展開に期待が膨らむ。

侵入後も、それぞれのチームの動きが巧妙に組み立てられていて飽きさせない。ただ、「競争」でありながら、チーム間の駆け引きが希薄なのは残念。互いの足の引っ張り合いなんて要素があれば、さらにスリリングになったんじゃないだろうか。せっかくこれだけのメンバーをそろえたのに。

とはいえ、それぞれのチームの背景作りや、研究施設の仕掛けなど、多彩なアイデアがぎっしり詰まった作品としては十分に楽しめる。

焼き鳥の食べ方

本筋とあまりに関係がないので、別の見出しを立てておく。

以下は『ブレイクスルー・トライアル』の一節。

梓は焼き鳥を串から直接食べている。若い女は普通、箸で外してから口に入れるもんじゃないのか?(p.162)

男でも箸で外すのを見かけるが、私は男女問わず串から直接食べればいいんじゃないかと思う。

宴席で串の盛り合わせが出てくると、さっそく片っ端から解体する人がたまにいるのだが、あれは勘弁してほしい。酷いことに、ねぎまもばらしてしまうのだ。握り寿司をばらして食べたりはしないだろうに。

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2007-01-04

今年もよろしくお願いいたします

昨年秋頃から面倒になって更新せずにいたので、ひさしぶりになる。気がつけば「このミス」結果発表シーズンも過ぎてるし。

年末年始は、ミステリマガジン書評用の本を読んでいた。そんなわけで3月号新刊評の原稿はもう送ってしまった(のだけど、昨年の年間回顧原稿がまだです)。

年頭に際して目標をかかげておくと、今年は冒険小説の旧作を再読しておきたいと思っている。「論創社がどうやって名誉を挽回するのかを見守る」なんてのもいいけど、見てるだけで何もしないのも目標としては難がある。

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2006-10-11

現代翻訳の行方

その後、たまたま立ち寄った書店で『マンアライブ』を眺めて噂通りであることを確認できました。早まってamazonあたりに注文しないでよかった、と思います。

[]毒杯の囀り / ポール・ドハティー

いたって端整な本格ミステリ。

ISBN:4488219020

14世紀のロンドン。貿易商が毒殺され、彼と言い争っていた執事が屋根裏で縊死していた。状況証拠は執事の犯行を指しているようだが……。酒好きで大食いの検死官ジョン・クランストン卿と、その書記に任命された修道士アセルスタンが事件の謎を追う。

ネロ・ウルフ&アーチー・グッドウィンをはじめとするコンビ探偵の系譜に連なる、修道士と検死官の二人組がたいへんよい味を出している。禁欲に生きる身でありながら、教区に住む未亡人を思って悶々としてしまう、まだまだ若いアセルスタンと、欲望に忠実に飲んだり喰ったりの、一見役立たずに見て実は老練なジョン卿。

特にジョン卿のご無体ぶりが素晴らしい。捜査が進展すると(あるいは壁にぶつかると)、アセルスタンを引き連れて居酒屋に飲みに行ってしまう。しかも酔っ払ったまま関係者に話を聞いたり、飲み過ぎて事件現場で寝てしまったり、自分の上司や同僚でなければたいへん好感の持てる人物である。抑えが効かずに飲み過ぎて吐いてしまうこともたびたび(300ページ程度の間に何度吐いているのやら)。とはいえ欲に負けてばかりではない。セックスのあとで、ふと事件の重要な手がかりに思い至り、あわてて服を着て飛び出していったりもするのだ。

巨漢と、頭の切れる青年といえばネロ・ウルフ&アーチー・グッドウィン。この二人とはだいぶ異なるキャラクターではあるけれど、同じく探偵コンビの行動で読ませるお話、という印象。

欲望の渦巻く猥雑な都会・ロンドンの描写もよい。いたるところに酒場があるように見えるのは、登場人物の行動のせいかもしれないが。

ちなみに、やたらと酒を飲んでやたらと食べるジョン卿の描写を読んでいて、ふと杉江松恋氏を思い出した。

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2006-10-02

マンアライヴ / G・K・チェスタトン  あるいは現代翻訳の行方

相変わらず行動圏内の本屋では見つからない。

ISBN:4846007375

Amazonのカスタマーレビューがちょっとすごいことになっていた。

訳文には一切触れずにあらすじを紹介したレビューが、「参考になる」2人に対して「参考にならない」55人(10/2 23:47時点)。

私が噂に聞いたとおりの訳文なら、どんな話か理解するのも大変だろうから、あらすじが分かるという意味では参考になるのでは、と思ったのだが、そうでもないのだろうか。いずれにしても、まだ現物を読んでいないので踏み込んだことは言えないのだが。

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2006-09-26

マンアライヴ / G・K・チェスタトン

訳文がものすごいことになっていると話題の一冊。どういうわけか、私の行動範囲内の書店では未だに見つからない。

くだんの訳文に関する意見でいちばん感心したのが、「あの訳文は暗号で、実は極秘情報が隠されている」という仮説(mixi内の記述なのでリンクはしない)。

しかしどんな秘密が隠されているのだろうか。

  • 「ムーン・クレサントの奇跡」はNASAが捏造したものだった(月には大気がないので、例の音が聞こえるのは不自然)。
  • 「折れた剣」のセント・クレア将軍は実は戦死しておらず、アルゼンチンに脱出して、第四帝国による世界征服をたくらんでいる。
  • 『木曜の男』の秘密結社を率いる議長の正体は、英国政府と密約を結んだエイリアン。
  • 『ブラウン神父の秘密』ではスペインにいるフランボウ、実はnice red costumeに身を包んで異端審問官として活躍していた(創元推理文庫の『ブラウン神父の秘密』がかつて赤い表紙だったのは、この事実を暗示している)。老婦人にクッションを押しつけて “Confess!” と迫るフランボウ。

……というくだらないことしか思い浮かばなかった。実物が手に入らないせいで妄想だけが膨れあがってゆく。まるでチェスタトンの巨体のように。

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2006-09-14

[][]ナイチンゲールの沈黙 / 海堂尊

『チーム・バチスタの栄光』に続く第2作。舞台は前作と同じ病院で、今度は小児科に関わる事件。

謎のつくりは、前作に比べるとずいぶん小粒。緻密だけど地味。ただし、病院というシステムを描きつつ、多彩なキャラクターを巧みに動かして、緊密なドラマを組み立てている。変人官僚・白鳥をも振り回す警察キャリアも登場し、前作で評価されたキャラクター小説としての面が強調されている。

面白く読める作品だけど、今後はもっと謎解き自体の力でひっぱるものも読みたいところ。それにしても、ある意味『マクロス』みたいな話だった。タイトルのダブルミーニングは秀逸。

[]落選作品のゆくえなど

9/12分へのコメントがあったので……

これまでも、大賞を受賞しなかったけど本になった作品はいくつかありますね。『そのケータイは~』とか、昨年だとピエロの話とか。で、そういうものは今後もあるんじゃないでしょうか。今年から復活した読者投票も、もしかしたら影響力があるのかもしれません。

(もうちょっと書き足すかもしれません)

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2006-09-12

[]戦闘機 英独航空決戦 / レン・デイトン

ISBN:4150502269

小説ではなく、第二次大戦前半の、ドイツ空軍による英国本土攻撃、いわゆるバトル・オヴ・ブリテンを扱ったノンフィクション。

上巻のおしまい近くまで読んだけれど、まだ戦いについて直接語ることはなく、英独双方の航空機開発史やその運用体制を説いている。ライト兄弟が云々、なんて話が出てきたり、気の長いことである。

ちなみにカーター・ディクスンが『爬虫類館の殺人』に描いているのは、このバトル・オヴ・ブリテンのさなかに起きた密室殺人。ドイツ空軍がおとなしくしていれば、今日あの名作は存在しなかったかもしれないわけで、歴史的にも重要なできごとですね。

[]ルーシー・デズモンド / 松尾清貴

ISBN:4093861617

うわあ、なんだこれは。

まっとうに事件が起きて、そいつがちゃんと解決されて、その過程で意外な展開にどきどきしたりびっくりしたり、というのをお望みの方にはおすすめしない。

日本神話の研究だとかポール・マッカートニー死亡説だとかフェティシズムとか、さらには唐突に描かれる(本当に唐突だ)女刑事の生い立ちだとかをちらつかされながら、五里霧中の物語をひきずりまわされて、ラストシーンに強行着陸。今もまだ少し困惑している。

楽しかったですよ、ええ。

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2006-09-11

[]ルーシー・デズモンド / 松尾清貴

ISBN:4093861617

被害者の内臓を抜き取る連続殺人……なんだけど、狭い人間関係の中で事件が起きていたり、そのわりには謎の秘密機関が暗躍していたり、何だか妙な話です。

あと、帯にマイクル・スレイドがどうとか書いてありましたが、あそこまで暴走はしていないように思います。

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2006-09-06

[]聖戦の獅子 / トム・クランシー&スティーヴ・ピチェニック

オプ・センターシリーズの第九作。もともとクランシーの看板を頼りにして始まったシリーズだけど、今ではこっちのほうがクランシー単独名義のものよりも面白い。丁寧な仕事で読ませる作品だ。

ISBN:4102472355

ISBN:4102472363

舞台はボツワナ。カトリック神父が武装集団に誘拐される。彼らの要求はキリスト教聖職者の国外退去。窮地に立たされたヴァチカンは、アメリカの国家危機管理センター、通称オプ・センターに助けを求める……という物語。

作中のヴァチカンは、予想外の事態に備えて、いざというときにスペインから軍事面での援助を受ける協定を結んでいる。そんなわけで、本書にはスペイン軍特殊部隊が登場する。

そのことには何の問題もないのだが、まさかの時に法王のために戦うスペイン人というと、どうしてもモンティ・パイソンの「スペイン宗教裁判」を思い出してしまうのだ。

もちろん、本書のスペイン軍特殊部隊は赤い服など着ていない(はずだ)し、おばあちゃんにクッションを押し当てたりもしない(はずだ)。武器だってちゃんと数えられる(はずだ)。

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2006-08-28

しばらく中断していると

再開までがなかなか面倒で……

[]数学的にありえない / アダム・ファウアー

追っ手から逃れる主人公は、自分でもわけの分からないまま、なぜか線路にポテトチップをばらまく。その後の思わぬ展開に息をのんだ。

個々の素材は、どこかで見たようなものばかり。でも、それらを組み合わせると、見たことのない光景が見えてくる。

ISBN:4163253106

ISBN:4163253203

第一部は「偶発的事件の犠牲者たち」。偶然によって大きく運命が変わってしまった登場人物たちが描かれる。

  • ケインは驚異の暗算能力を誇る数学者。ただし今はギャンブル狂い。ポーカーで大勝負に出たところ、確率的にありえない相手の手に敗れてロシアン・マフィアに多額の借金を負ってしまう……。
  • 外国に機密情報を横流ししていた諜報部員。信じがたい手違いのため、彼女は北朝鮮の工作員によって窮地に追い込まれる……。
  • 政府の研究機関。インサイダー取引で私腹を肥やしていた男は、突然立場が危うくなる。彼が弱みを握っていた上院議員が、突然に死亡したのだ……。
  • ずっと同じ番号でくじを買い続けてきた男。彼は、その日とうとう大当たりを引き当てた……。

……といった登場人物たちの運命が交錯し、やがてケインは秘密の研究をめぐる陰謀に巻き込まれ、強大な敵に追われることになる。

これだけだったら、よくあるサスペンス。だが、「秘密の研究」がサスペンスの演出にも影響を与えているのがこの作品のユニークなところ。「秘密の研究」と関わったケインは、ある特殊な認知能力を身につけて、他人とはちょっと違った仕組みで世界を認識できるようになる。

この特殊能力が物語の鍵。このおかげで、ケインの行動パターンは、通常のサスペンスの主人公とはずいぶん変わったものになっている。さらには、通常では伏線にならないような要素までが、意外な伏線として作用する。

追跡劇の盛り上げ方と、根底に流れる前向きな姿勢はディーン・クーンツといったところ。ケインが新たな世界認識を得る様子はグレッグ・イーガン風味。そして、全編をささえる論理のアクロバットは、さしずめエラリイ・クイーン。

味わったことのない興奮を味わえる。

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