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いま、ある編集者を精神的に追い詰めるための陰謀に荷担している。以下の文章もその謀略の一環を構成するものである。
かつてイギリスにP.G.ウッドハウスという作家がいた。日本語に直訳すると「林家」……ではない。綴りはWoodhouseではなくWodehouseだ。
英語圏のミステリでは、しばしば言及される名前だ。クイーンやクリスティーなんてところから、現代のピーター・ラヴゼイやコリン・デクスターの文章にも名前が出ていたような気がする(記憶をもとに書いている。確認したわけではないので、間違っていたら申し訳ない)。すぐれたユーモア作家として、今もなお盛んに読まれているようだ。
ミステリの観点からの紹介は、『名探偵ベスト101』のジーヴスの項を参照していただきたい。
ウッドハウスの邦訳書誌は、こちらが詳しい。→ http://www1.speednet.ne.jp/~ed-fuji/X2-wodehouse.html
そちらの記述からも分かるとおり、今の日本で簡単に読めるのは、いくつかのアンソロジーに収録された短編くらいだ。私も、そういうアンソロジーの短編でしかウッドハウスを知らない。
そんなわけで上記のサイトには、こう書かれている。
「来るべきウッドハウス復権の時に備えて、過去の翻訳状況を取りまとめてみることにした」
その時が来る。
ウッドハウスの本を出すのは文藝春秋。編集を手がける予定のNさんは、ふだんはジェイムズ・エルロイやボストン・テラン(そう、「このミス」2003年版で海外編1位を制した『神は銃弾』だ)といった殺伐とした本を世に送り出している。もっとも本人は殺伐とはしていないので、向かいに座った客といきなり喧嘩をはじめるようなことはしない(と思うが断言はできない)。
Nさんは、大学の推理小説同好会の先輩にあたる。
この会では、毎週1回、メンバーが回り持ちで本を選んで行う読書会が定例行事だった(今でもそうだ)。今から12年前、当時大学1年の私がジェイムズ・エルロイという作家のことを知ったのは、Nさんが読書会の課題作に選んだ『血まみれの月』がきっかけだった。席上でNさんが配布したレジュメ──主人公ロイド・ホプキンズの異常性を手がかりに、現代ミステリにおける探偵像の変化を論じていた──が今でも印象に残っている。その後Nさんは出版社に就職し、いまではエルロイの本を手がけている。
エルロイに傾倒した若者が、やがてエルロイの邦訳の刊行に携わる──なかなかいい話である(問題はエルロイに「いい話」が似合わないことだ)。
ちなみに、私がはじめて解説を書いた『けだもの』の担当もNさんだった。人狼ホラーという形式にノワールとしての貌もあわせ持つ名作で、これほど血と内臓が飛び散る恋愛小説はそうそうないだろう。こういう素敵な作品の解説を書くことができたのは、本当にありがたいことだと思う。
これまでNさんが手がけた本は、「スプラッタパンク」「パルプ・ノワール」といったラベルを冠していることが多い。現代の海外エンターテインメント小説の中でも、いささか尖った領域と言えるだろう。それが今度は、古典と呼んでも差し支えないであろうウッドハウスだ。
尖鋭から復古へ。どのような本が世に送り出されるのか、楽しみに待つことにしよう。
……これは文春の宣伝じゃないか、だって?
そんなことはない。
これは陰謀なのだ。何の非もない編集者にプレッシャーをかけて、精神的に追い詰めようとする卑劣で邪悪な策略なのだ。そういうことにしておいてください。
これから読むもの・読み直すもの
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