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2011/12/07(水) 幻夢の時計

ASIN:4488589049 ブライアン・ラムレイ (著), 夏来 健次 (翻訳)
地を穿つ魔』『タイタス・クロウの帰還』に続く第三作。
解説を書きました。

東京創元社ではホラーに分類しているけれど、これは明らかにヒロイック・ファンタジーと呼ぶべきものである(まあ、どちらにしても帆船マークだ)。

 タイタス・クロウが何者かに囚われ、親友のアンリ・ド・マリニーは彼を助けに〈夢の国〉へと向かう。クロウの愛するティタニアは何の役にも立たず、ランドルフ・カーターは空中艦隊を出動させ、そしてニャル子さんが這い寄ってくる。

 ウィルマース財団のことは忘れてあげてください。前作はまだ財団の編纂した文書という体裁を保っていたけれど、本書ではその様式も放棄されてしまう。ド・マリニーが〈夢の国〉に赴くまでの描写を除けば、全編が〈夢の国〉で展開する。

 反則気味の設定が山盛りのタイタス・クロウよりも、アンリ・ド・マリニーが凄い物語である。遠い宇宙で不老不死の肉体に改造されたクロウと違って、普通の40代後半のおじさんである。もともとは骨董商で、身体頑健であるとか英国特殊部隊にいたとかそういう記述は特に見当たらない。
 なのに、主人公のタイタス・クロウも霞む勢いでの大活躍。いつのまにか若い娘といい仲になっているし、隅に置けない四〇代である(ちなみに五巻ではまた別の娘さんといい仲になっている。彼女はどこかのティタニアよりもだいぶ有能だ)。

 読んだ人の感想を探してみた。こんな記述を見つけて、解説者としては非常に嬉しく報われた気分です。
タイタス・クロウ・サーガ「幻夢の時計」が出てたんで買ってきた。とりあえずぱらっと解説ページ開いて超吹いた。……なんてものを引用するんだ! いやマジで!解説冒頭によりによってニャル子さんの一節が引用とか世界ってヤツぁなんて油断がなんねェんだ。 
http://d.hatena.ne.jp/yaminoshinden/20111129

「ここまでやっちまっても大丈夫」ということを世間に知らしめた点において、〈タイタス・クロウ・サーガ〉と〈這いよれ! ニャル子さん〉は似たような位置にあるのではないだろうか。

1: 竹岡 『お久しぶりです。『幻夢の時計』私も読みました。古山さんの解説はとてもよかったです。 この後、氷の惑星ボレアとその衛星で活躍するの...』 (2011/12/07 21:48)

2: 古山裕樹 『お久しぶりです&ありがとうございます。竹岡さんにそう言っていただけると安心です。 ラムレイも持てあましていた、というのは確かにそ...』 (2011/12/08 8:09)

3: 闇野神殿 『はじめまして、なんか感想を引用して頂いた奴です。つい最近気付いてブッ飛びました。どうもありがとうございます。まったく世界ってヤツ...』 (2012/01/29 25:07)

茨文字の魔法

ASIN:448852009X パトリシア・A・マキリップ / 原島文世訳 / 創元推理文庫

 捨て子だったネペンテスは王立図書館で育てられ、今では古代の文字を読み解く日々を過ごしていた。魔術を学ぶ若者から預かった一冊の書物が、彼女を虜にする。茨のような文字で記されていたのは、数千年前に多くの国々を征服した皇帝と魔術師の伝説。だが、書物に記された史実は、世に知られたものとは異なっていた。皇帝が生きていた時代から数百年後に栄えた国々までもが、彼に制覇されたというのだ。
 彼女が書物を読んでいる間にも、幼い女王が即位したばかりの王国では、権力をめぐる不穏なたくらみが渦巻いていた……

 異世界を舞台にした物語。もっとも、登場人物の身の回りについての描写は丁寧だが、より大きなスケールでの記述はかなり曖昧で、世界の姿をイメージしづらい。解説に述べられているように、緻密に異世界を描き出すのではなく、感覚的なイメージを重視する作家のようだ。

 ネペンテスが古文書を解読する話と、その古文書に記された古代のできごと、そして現代を舞台にした幼い女王をめぐる政治的なもつれとが並行して語られる。ばらばらのエピソードが、クライマックスで一転に収束する。こういう構成力は見事。

 その構成を支えているのが、伝えられた歴史と書物に記された歴史との矛盾という謎だ。それがたったひとつの仕掛けによって解決されて、ある構図が浮かび上がる。それまで作中で宙吊りになっていた事柄が伏線となって、浮かび上がった構図を補強する。伏線の回収はなかなか巧みで、「ああ、だから○○が××だったのか!」という、優れたミステリに通じる驚きを味わうことができた。

 登場人物はみんな鮮やかに描かれ、それぞれの関係も丁寧に描かれている。にもかかわらずクライマックスからの急展開があっけなく感じられるのは、やはりこの構図がもたらす驚きこそが最大の見せ場だからだろう。

 これは架空の世界でないと使えない技だよな……と思ったけれど、東洋を舞台に似たような仕掛けを使った例を思いだした。荒山徹のある作品である。無茶だなあ(荒山徹が)。

象の棲む街

ISBN:4104646016渡辺球 / 新潮社

『武装島田倉庫』の雰囲気と、『家畜人ヤプー』のある側面を備えた小説。

舞台は、アメリカと中国に収奪され、最貧国に落ちぶれた未来の日本。薄汚れた近未来──といっても、「ブレードランナー」やウィリアム・ギブスンのような退廃の近未来というよりは、『武装島田倉庫』みたいに敗戦直後を連想させるような猥雑さを基盤としている。

食糧危機に際して、アメリカと中国が支給する非常食の正体が明かされるところで、『家畜人ヤプー』を連想した。『ヤプー』のようなSM/SFを基盤にした奇想と妄想の奔流はここにはない。だが、日本人への陵辱を理性と感覚の両方を刺激する形で描いているところは共通している。ともすれば抽象的になりがちな要素を、非常食という形で生々しく描いている。

最も『ヤプー』を連想させるのは、象というモチーフがようやく活かされるラストの場面。象というキーワードは、題名をはじめ、作中早い段階から何度も出てくるというのに、どうもうまく使いこなせていないような印象があった(もっともそれは、象以外にも心を惹かれる要素がたくさんあるからなのだが)。その不満を払拭して余りある……とまでは行かないにしても、なかなか巧妙なしめくくりではある。

さて、こういう独創的な作品のことを語るために既存の作品の名を挙げたのは、私の表現力の問題だ。これは『家畜人ヤプー』の二番煎じなんかじゃないし、もちろん『武装島田倉庫』とも異なった手ざわりの作品だ(作中世界の描き方と、登場人物が少しずつ重なる連作、というところは似ているけれど)。

薄汚れた未来の、生々しい手触りが印象に残る作品だ。

グローリアーナ

ISBN:4488652093マイクル・ムアコック/創元推理文庫

 エリザベス1世時代のイギリスによく似た異世界が舞台。定番のニポーン人も端役で登場。

 宮廷陰謀劇を主軸とした物語は、重厚にして絢爛な文章でつづられる。読んでいると疲れるけれど、豪勢な味わいがある。

 アドルフス・ヒドラーなる異世界からの来訪者の名前が出たところで、これもムアコックの巨大な物語体系の一部なのだと気づく。そういう目で見ると、「アリオク」ってのはきっと、エルリック・サーガなどでの「アリオッチ」なのだろう。キシオムバーグなんて名前も出ていたな。

 宮廷の地下やら隠し通路の描写なんぞを見るにつけ、イギリス人ってやっぱり地底好きだよな、と思う。(英国地底魂も参照)