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2000年8月の日記

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消えた女

都会の闇が浮かび上がる大江戸ハードボイルド

藤沢周平 / 新潮文庫

 しがない版木の彫師・伊之助は、かつては凄腕の岡っ引きだった。だが、女房が男と心中して以来、浮かない日々を過ごしていた。だが、弥八親分の娘が失踪したと聞き、彼は重い腰を上げて、江戸の町にその行方を追うことになる……。

 時代小説作家・藤沢周平は一方で海外ハードボイルドの愛読者でもあったようで、この作品にはそんな作者の嗜好が如実に反映されている。

 いわくつきの過去を背負った元岡っ引きという伊之助のプロフィールは、60年代以降のアメリカ私立探偵小説に描かれる典型的な主人公像(一般市民を巻き添えにしてしまった元刑事など)と重なり合う。例えば、本書で伊之助はほかの岡っ引きから「もう一度十手を持たないか」と誘われるが、その姿はローレンス・ブロック描く元刑事のアル中探偵マット・スカダーが、ニューヨーク市警の刑事に「あんたは今もお巡りなんだよ」と復職を薦められる場面に符合する。

 そして作中に描かれる事件もまた、きわめて私立探偵小説的である。

 謎解きミステリの代表的な事件を「密室殺人」とするならば、私立探偵小説のそれは「失踪」だ。ブラックホールに飲み込まれたかのように、身近な人物が姿を消す。依頼を受けた私立探偵がその行方を追ううちに、失踪者が姿を消さざるをえなくなった事情が浮かび上がる。それはたいていの場合、社会が抱えるさまざまな問題に結びついている。失踪者を飲み込むブラックホールは、社会のひずみから生み出されるのだ。

 ほとんどの私立探偵小説が都会を描いているのは、その舞台としてそれなりに規模の大きな社会が必要だからだ。失踪者を飲み込んでしまえるくらいに大きく、複雑化した社会が。その点、当時世界有数の大都市だった江戸には、十分「失踪」の舞台になる資格が備わっている。

 ハードボイルドとはジャンルと言うよりは作品のスタイルだ。主人公はどこか社会体制に順応しきれない人物で、時には正真正銘のアウトローのこともある。その社会へのまなざしは、決して上から見下ろすものではなく、下から見上げる性質のものだ。

 本書が、江戸を舞台にしながらもなぜかアメリカの私立探偵小説を連想させるのは、作者がそういったハードボイルドの核を捉えていたからだろう。

幻の終わり

幻の終わり キース・ピータースン/ 創元推理文庫

 昔気質の新聞記者ウェルズは、有名な海外通信員のコルトと出逢った。意気投合したふたりは、酔いつぶれるまで酒を呑む。その翌朝、コルトは謎の男に殺されてしまう。殺人の目撃者となったウェルズは、酩酊したコルトが口にした「エレノア」という女の名前を手がかりに、彼の過去を求めてニューヨークをさまよう。だが、その身に危険が迫る……。

 新聞記者ウェルズが登場するシリーズ第一作『暗闇の終わり』が絵に描いたような私立探偵風ハードボイルドだったので、てっきりこの本もそうだと勘違いしていた。だがこれは、作者がたくさん書いているようなスリラー/サスペンスなのだ。

 読者を飽きさせることなく次から次へと起きる事件。主人公ウェルズは思索型というよりは行動型だが、その行動の背景は見えづらい。コルトが語ったエレノア像を、調査の過程で勝手にふくらませて、妄想をたくましくしているようにも見える。読者がどれほど感情移入できるのかは、どれほどウェルズの妄想について行けるかにかかっている、と言っても過言ではないだろう。

 ピータースンがもたらす、この「妄想誘発→炸裂」効果がどんな事態を引き起こしたのか知りたければ、シリーズ最終作『裁きの街』解説を読んでみよう。シリーズの根幹を揺るがすような凄いことになっている。おじさんの妄想力をあなどってはいけない。

 この作品がこんなにもおじさんの妄想力を喚起するのは、やはりエレノアの描き方の巧さのなせる業だろう。彼女は小説には直接あらわれず、人の言葉や新聞記事を通してイメージが伝えられるのだが、これがさほど綿密に描かれているわけではない。だから、あれこれ想像する余地が出てくるのだ。

 最近の娯楽小説(特にアメリカ産)は重厚長大化が目立つ。スティーヴン・キングの影響だろうが、人物や事物をじっくりと描写しているものが多いように思う。そういう小説も悪くないが、こんなふうに「はっきり描かない」ことによって、主人公はもちろん読者の想像力をも引きずりだす小説は実に魅力的だ。

 丸見えよりも、見えそうで見えないほうがそそられるというのは、やはり真理なのだ。

蒼茫の大地、滅ぶ

小説
蒼茫の大地、滅ぶ / 西村寿行

東北地方を襲った驚異的なイナゴの群れは田畑をを食い荒らし、米の生産に致命的な打撃を与えた。娘を売った昭和初期の大凶作の記憶がよみがえる。なんら有効な対策を打たない政府に業を煮やした東北六県はついに日本国からの分離独立を決意するが、もちろん日本政府はそれを阻止しようと動き出す……。

 西村寿行と言えば、激しいエロスとバイオレンスが売りの作家、というイメージが強い。が、この作品ではそういう要素を抑え(もちろん皆無ではない)、米をめぐる地方-中央の対立が国家を揺るがす事態へと拡大してゆく様子をじっくりと描いている。また、動物を主役に据えた作品もいくつか書いている作者だけに、前半のイナゴの描写もなかなか凄絶である(この場面が凄絶でなければ後半が生きてこないのだから、当然といえば当然だが)。

 ここでクローズアップされるのは「叛逆」だ。実際、日本史を振り返ってみても、源義経から戊辰戦争の幕府軍まで、「反逆者」と見なされた者たちが北方(謙三ではない)に落ち延びる例は多い。そして作中では、執拗なまでに「中央による地方搾取」の図式が描かれる。「日本は単一民族なので云々」という画一幻想は打ち壊され、差異が強調される。東北からの難民に対する視線は、あっという間に差別意識を含んだものになる。

 さらに注目すべきは、本書を貫く、読むものを圧倒する「滅び」のヴィジョン。叛逆の物語にこのヴィジョンが重なることによって、勝者たちの作り上げた「表」の歴史に対置される、敗者たちの「裏」の歴史の存在が浮き彫りになる。

 船戸与一は『蝦夷地別件』で、江戸時代の北海道を舞台にアイヌの叛逆の物語を描いてみせたが、西村寿行はそれに先行していたと言えるだろう。

 ちなみに「滅び」といえば、同じ西村寿行作品に『滅びの笛』という、ネズミの大量発生に端を発するパニックものがある。こちらもおすすめ。
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