クレイグ・ライスの小説を読んでいると、ある歌のことを思い出す。
イギリスが生んだ不滅のコメディ・グループ、モンティ・パイソン。彼らの繰り広げるシュールなジョークと不条理なドタバタ騒ぎは、いくつもの名曲や迷曲に彩られている。その中で最も有名なのが、"Always Look on the Bright Side of Life"。題名のとおり、「いつでも人生の明るい面を見ていこう」と呼びかける陽気な歌である。もともとは彼らの映画『ライフ・オブ・ブライアン』のラストを飾った歌で、イングランドのサッカー好きが口ずさむ歌としても知られている。テレビのCMでも何度か使われたことがあるから、たとえあなたがモンティ・パイソンやサッカーに興味がなくても、そのほのぼのとしたメロディだけはご存じかもしれない。
ミステリの作家事典やブックガイドのたぐいをひもとけば、クレイグ・ライスについてはこんなことが書かれている。
両親に捨てられ、親戚に育てられた。結婚と離婚を繰り返した。自殺未遂の経験あり。若くしてアルコール依存症になり、これが原因で早逝した。
不幸なできごとの連続。彼女の作品のユーモアは、そんな境遇に抗うためのものだったのだろう。モンティ・パイソンの歌とクレイグ・ライスの小説が重なり合うのはここだ。辛い境遇だからこそ、人生の明るい面に目を向けるのだ。
"Always Look on the Bright Side of Life"の歌詞は陽気なメロディとは裏腹に実にシニカルで、決して無邪気にポジティヴなメッセージを垂れ流すような歌ではない。そもそも、人生万事好調な人間が、わざわざ「明るい面を見ていこう」なんて歌うだろうか? モンティ・パイソンの映画でこの歌が歌われるのは、主人公が死を迎える場面だった。イングランドのサッカー好きがこの歌を口ずさむのは、ひいきのチームが敗れたときだという。
どん底の哀しみと隣り合わせの明るさ。それが"Always Look on the Bright Side of Life"であり、ジェイクにヘレン、そしてマローンの物語である。三人がいつも酔っぱらっているのも、そんな人生観によるものだろう。この世は、素面で過ごすにはいささか哀しみの多すぎる場所なのだ。
しかし、そんな境地から発せられる笑いだからこそ、なんの翳りもないポジティヴなだけのメッセージよりもはるかに力強く、ぼくたちを愉快な気分にしてくれるのだ。
そういえば、クレイグ・ライスの創作活動が最も盛んだった一九四〇年代は、第二次世界大戦と重なっている。戦争という過酷な現実がのしかかっていた時代だけに、彼女の小説が大勢の読者に支持されたのも不思議ではない。