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2008/03/18(火) 千の風邪になって

日常
ここしばらく、風邪をひいてダウン → 少し回復 → 抵抗力が落ちていて次の風邪にあっさりダウン → …… と悪いスパイラルにはまっていた。

一回一回はそんなに重症ではないのだが、軽微な風邪にじわじわと体力を削られるような気分で、心身ともに沈滞気味。周囲にもいろいろと迷惑をかけてしまった。

徐々に調子が戻ってきたところですが、皆様も健康にはご注意ください。

裁判員法廷

ミステリ
裁判員法廷 芦辺拓 / 文藝春秋

『十三番目の陪審員』で、日本に陪審制が導入されたら……というシチュエーションを描いてみせた作者が、間もなく実際に開始される制度を題材にした法廷ミステリ。

第一部は、被告にとって極めて不利な状況を、弁護士が鮮やかに逆転してみせる、芦辺版ペリイ・メイスンみたいな一編。続く第二部はまた別の事件。あの弁護士はいったい何を立証しようとしたのだろう? と、微妙にすっきりしない状況で評議を進めることになった裁判員たちの様子が描かれる、芦辺版「十二人の怒れる男」。

ここまでは、小粒ながらよくできた法廷ミステリ、の枠にとどまっている。

卒倒しそうになったのは第三部の大仕掛け。一見地味なこの本に、こんな大技が仕掛けられていようとは! 読後にプロローグを読み返してみると、この時点からすでに仕込みが始まっていることに気づかされる。第三部が芦辺版の何なのかは、書かない方がいいだろう。

裁判員制度について知りたいという読者には、その欲求を満たしつつも得体の知れない不意打ちを仕掛け、よくできたミステリを期待する読者をも十分に満足させる一冊だ。なお、プロローグで作者も述べているように、本書は必ず第一部から順番に読むこと。

以下は余談。

第三部にこんな人が登場する。
もともとは、彼自身物書きで、ブームのジャンルに二番煎じ三番煎じの原稿をぶつけて荒稼ぎし、あとには草も生えないという凄腕で知られていた。愛弟子という名の、その実ピンハネ対象でしかないライター集団を引き連れて、下世話な言い方をすれば業界を“ブイブイ言わせて”いた時期もある。
まさかこの中にモデルがいたりはしないよね。

対決の刻

ミステリ
上 下 ディーン・クーンツ / 田中一江訳 / 講談社文庫

クーンツは二種類の小説を書いている。犬が活躍しない小説と、犬が活躍する小説だ。
両者の主な違いは──後者のほうが感情を揺さぶる度合いが大きい。

犬を登場させるときのクーンツには何かが憑いている。通常ならば「いやあ面白かった」と満足して本を閉じておしまいなのだが(これを常に維持しているところがクーンツの凄みでもあるのだが)、犬が登場する作品では涙腺が緩んでいることも珍しくない。かの『ウォッチャーズ』もそうだし、『ドラゴン・ティアーズ』の犬視点も忘れられない。

「どんな苦境にあっても生き延びろ」「最後には正義が勝利を収める」がクーンツ作品の二本柱だが、実はもう一本の柱があるのだ。

「犬は素晴らしい生き物である」

で、本書は犬が出るクーンツ作品である。いうまでもないが、本書の犬もまた素晴らしい存在である。クーンツ作品の中でも、犬にここまで大きな価値を持たせた例は他にないだろう。

永久凍土の400万カラット

冒険小説
永久凍土の400万カラット ロビン・ホワイト / 文春文庫

 シベリアのダイヤ鉱山で何かが起きている。誰かが、ダイヤを不当に横流ししているのだ。ノーヴィクの親友は調査を始めたが、何者かに暗殺されてしまう。その魔手は、やがてFSB(連邦情報局)の捜査官を、そしてノーヴィクをも狙う。いったい、鉱山で何が起きているのか? ノーヴィクは、仲間を連れて、荒野のまっただ中に広がる鉱山町へと乗り込むが……

 エリツィン政権末期のロシアを舞台に、正義感の強い主人公が巨大な腐敗の構図に挑戦する冒険小説。主人公は地方公務員で、義憤とちょっとした機転の他にはこれといった特技があるわけでもない。だが、彼を支える脇役は強力だ。異常に戦闘能力の高い元チェチェン・ゲリラの老人に、航空会社で一財産築いた飛行機乗り。頼れる仲間とともに、ノーヴィクは巨大な陰謀に立ち向かう。

 シベリアの苛酷な気候も印象深いが、それ以上に興味深いのはマフィアが君臨した当時のロシアの混乱ぶり。ソ連崩壊後のモラルの崩れた社会を背景に、きわめて稀な正義感を持ち合わせた男が、単純明快痛快無比の冒険娯楽活劇を繰り広げてみせる。主人公ノーヴィクは義憤に駆られて無鉄砲な行動に出ることの多い男だが、要所ではしたたかな智恵を発揮してみせる。当時のロシアのような混乱をきわめた地域で、腐敗せずにいられるには、それなりの強さと知性が必要だ。
 序盤はあくまでも静かに、水面下の駆け引きを。そして徐々に緊張を高めながら、鉱山で死闘を繰り広げるクライマックスへとなだれこんでいく。

 ちなみに、当時のロシア大統領エリツィンも登場する。我々が想い描く「いかにも」なエリツィンとして。
エリツィンはティーカップをのぞきこむと、大声で言った。「もっとしかるべきものをお出ししろ!」
霜で覆われたボトルが登場し、グラスが皆に回された。
 プーチンは酒は飲まないらしいが、本人が冒険活劇の主役ぐらいは務められそうだ。暴れん坊将軍か。
  • 狼のゲーム Bookstack 古山裕樹
    ブレント・ゲルフィ (著), 鈴木 恵 (翻訳) 現代ロシアを舞台にした犯罪小説。主人公はチェチェン紛争で片足を失った元軍人、今ではマフィアの一員。幻の名画を奪い合う大物同士の暗闘に巻き込まれ、政治家たちも関わるロシアの暗黒社会で,生きるか死ぬかの闘いを...

M.G.H. 楽園の鏡像

ミステリ
M.G.H. 楽園の鏡像 三雲岳斗 / 徳間デュアル文庫

某原稿のために再読。

時は近未来、舞台は宇宙ステーション。被害者は、どうやって無重力空間で墜落死したのか──という謎を軸に展開される物語。

この手のミステリには珍しく、解決シーンにたどり着く前にトリックが分かってしまった。もっとも、そのせいで評価が下がるなんてことはなく、「それをやりたかったのか!」と嬉しくなってしまった記憶がある。大がかりな舞台装置でありながら、仕掛けは単純そのもの。こういう稚気をみせられると、少々の傷は気にならなくなる。

また、主人公の男女が宇宙ステーションにやってくる経緯(新婚夫婦向けの宇宙ステーション無料招待を手にするためにとりあえず結婚してみた)が、ある種のミスディレクションになっているところも好印象。