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ストレート・レザー

小説

切り裂く刃はリンクを夢見る

ストレート・レザー ハロルド・ジェフィ / 今村楯夫訳 / 新潮社

 この短編集の題名から連想したのは、イギリスのヘヴィ・メタル・バンド、ジューダス・プリーストのアルバムだ。'80年の「ブリティッシュ・スティール」のジャケットには、剃刀の刃が描かれていた。中身は、いささか過激な歌詞と、装飾をほとんど削ぎ落とした楽曲。その特徴は、『ストレート・レザー』の題材と文体にもあてはまる。

 作者が好んで歌う題材は、暴力と性的逸脱だ。

 暴力は社会秩序の侵犯であり、同性愛や服装倒錯は性差にまつわる規範からの逸脱である。つまるところ、どちらも「秩序の混乱」なのだ。

 二つの要素はしばしば連動している。だから、この短編集での暴力行為はある構図をとることが多い。それは性的秩序を維持する側と、そこから逸脱する側との衝突だ。例えば、表題作に登場する死刑執行人と若者の関係がそうだ。「シリーズ/シリアル」の男嫌いの女殺人者と、被害者の男たちの関係も同じである。

 暴力を「社会秩序の維持」の名のもとに否定するのはたやすい。だが、個人的な嗜好である性的逸脱はどうか? この二つが絡み合い、しかも人種差別/性差別といった既成秩序の負の面が描かれることによって、「秩序維持=正義」という図式は切り裂かれてゆく。

 もっとも、このような題材の選択と視点は、すでに多くのミステリーやホラーに見られる(どちらも、社会秩序、あるいは日常的な秩序の混乱を好んで描くジャンルだ)。

 むしろ注目すべきは、その表現方法だ。

 作者が奏でる文章に目立つのは──省略/欠落/装飾の排除。

 個々の短編はいたって短い。文章は切り詰められている。会話だけで地の文がない短編もある。作者が創り出した架空のスポーツやテーマパークの名前が、何の説明もなく飛び出す。省略という点で特徴的なのは「透明人間」の文体だ。原文の一部はあとがきに載っている。何でもかんでも切り詰めてしまうそのスタイルは、英語圏のWebページで見かける略語とジャーゴンまみれの文体を思わせる。

 Web的なスタイルといえば、本書の短編は、それぞれの要素によって互いにリンクしている。例えば表題作と「シリーズ/シリアル」は、「剃刀で男の下半身をいためつける二人組」という要素でつながっている。「ネクロ」と「迷彩服とヤクとビデオテープ」を結ぶのは、白人の不良警官だ。

 極端な短さ、そして短編どうしのリンク。そう、これは印刷物として読む(read)よりも、Webの上で眺める(browse)のに適したスタイルの小説だ(1ページに長い文章が鎮座ましますWebサイトにうんざりしたことはないだろうか?)。題名こそ切断をイメージさせる短編集だが、その文章はリンクを──つながりを志向している。

 最近、スティーヴン・キングが「ライディング・ザ・ブレット」をインターネットで配信した。配信形態こそ変わっているが、あれは印刷物の形でも十分に読みやすい──むしろそのほうが読みやすい。それは、キングが従来の小説と同じスタイルで書いているからだ。しかし、『ストレート・レザー』のスタイルは違う。本書が奇異に見えるのは、印刷物の形をとっているからではないだろうか。もしもブラウザで見るのに適した形で提供されていたら、果たしてどうだろう?

 ジューダス・プリーストが自らの音楽を剃刀にたとえた「ブリティッシュ・スティール」だが、もっと激烈な音楽があふれる今では、その魅力はむしろ激しさ以外のところにある。『ストレート・レザー』もまた、いつかは奇抜でもなんでもない作品になるのかもしれない。

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