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四日間の奇蹟

小説
ASIN:4796638431 浅倉卓弥/ 宝島社

第1回「このミステリーがすごい!」大賞で、金賞を受賞した作品。はじめて読んでから、そろそろ一年近く経つ。たまたまこの賞の一次選考委員を務めていたため、応募原稿のうちの一本として読むことになったのだ。

 作品自体については、一次選考での選評でだいたい書いたので、ここでは書き残したことを挙げておこう。

第一印象

 上手いんだけど、でも……というものだった。

 読み始めてすぐに、文章力、構成などが応募原稿の中で群を抜いていることは分かった。だが、悪い予感を拭い去ることはできなかった。

 悪い予感はどこからきたのか? それは登場人物の設定と、タイトルだ。この作品で重要な役割を果たす少女は、知能に障害を負っている。その一方で、天才的なピアノの腕前の持ち主である。いわゆるイディオ・サヴァンというヤツだ。さらに題名の『奇蹟』の文字から、当時話題になっていたある番組を連想してしまった。

 応募原稿としてこの作品を読んだのは去年(2002年)の今ごろ。ちょうどそのころ世間では、NHKスペシャル『奇跡の詩人』がけっこう話題になっていた。脳に障害を持ち、体を動かすこともままならない少年が、母親の力を借りながら文字盤を指すことで、人と意思を通じている。そして、年齢の割にはかなり大人びた詩を作っていて、それが人々を感動させている……という内容だ。

 放送直後から「あれは母親が少年の手を動かしてるんじゃないか。少年の言葉じゃなくて、母親の言葉じゃないのか」と騒がれた(その一方で、本気で感動しちゃった人たちもいたようだが……)。ことの真偽はともかく、そんなふうに突っ込んでみたくなるような「安手の感動垂れ流し」番組であった、とは言えるだろう。

 善意に満ちた登場人物。障害を背負いながらも、優れた能力を持つ少女。なんとなく、『奇跡の詩人』を連想せずに入られなかった(『奇跡の詩人』の少年と本書の少女とでは、障害の性質がまったく異なるのだが)。上手く書けてるのに、安直な「癒し」話だったらどうしよう……そんな危惧を抱きながら、そのわりにはけっこう楽しみながら、読み進んでいった。

読み終えてみたら

 杞憂だった。

 物語はある種のハッピーエンドを迎えるが、埋め合わせられることのない喪失という苦味を伴っている。思えばこれは、埋められることのない喪失の物語でもあったのだ。語り手はピアニストとしての未来を失い、少女は両親を失い、そして二人が訪れた療養所の人々もまた、それぞれに失ったものがある。ラストにはもうひとつ大きな喪失が描かれている。

 だが、決して陰鬱な物語ではない。喪失というネガティヴな事象に遭遇しながら、目をそらして何かに逃げることなく、それを乗り越えてゆこうとする人々を描いている。作中の「奇蹟」は、単純に救いをもたらすようなものではない。人々に、自己の喪失感と向き合う契機を与えるような性質のものだ。

 登場人物たちの喪失感と向き合う真摯な姿勢が、物語に前向きな力強さをもたらしている。安直な「救い」に頼ることのない、本当の意味でポジティヴな物語といえるだろう。

ちなみに

 本書や、あるいは映画「レインマン」なんかもそうだが、イディオ・サヴァンといえば「感動」のきっかけとして扱われることが多い。そんな中で、ドライなアプローチに徹した中井拓志『アリス』はなかなか面白い作品だった。

 ここで引き合いに出した『奇跡の詩人』だが、故・ナンシー関のホームページ(http://www.bonken.co.jp/)の生前最後の更新が、この番組のことを取り上げた文章だった。改めて読んでみたが、惜しい人を亡くしたものである。

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