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砂漠の狐を狩れ

冒険小説
ASIN:4102172319 スティーヴン・プレスフィールド / 村上和久訳 / 新潮文庫

第二次大戦下の北アフリカを舞台にした戦争冒険小説。

時は1942年。英国陸軍に志願した若者は、エジプトへと送りこまれた。
名将ロンメル率いるドイツ軍が、リビア国境を越えて迫っていた。イギリス軍がエル・アラメインで枢軸軍を迎え撃とうとする中、長距離砂漠挺身隊の一員となった若者たちは、敵将の殺害という任務を命じられる。最前線を飛び回って指揮を執るロンメルの位置を突き止めるため、彼らは砂漠の海へと乗り出した……。

舞台は砂漠。生き延びるだけでも十分に過酷な環境で、しかも戦争をやっているのだ。補給の途絶は死を招く。変わりばえのしない風景が続く中で、道しるべとなるのは星々の位置。そういえば、従軍記者として北アフリカの戦いを経験したアラン・ムーアヘッドも「砂漠の戦いは海の戦いに似ている」「砂漠の軍隊は、地域や拠点の征服ではなく、敵との戦闘を求めているのだ」と書いている。そんなわけで、過酷な環境でのサバイバルを語る言葉は、海を舞台にした小説と似通ったところがある。舞台こそ砂漠ではあるが、英国海洋冒険小説の延長線上に位置する作品でもあるのだ。

登場人物も、物語の軸となる敵将エルヴィン・ロンメルの存在はもちろん、特にイギリス軍人たちの「いかにも英国的」な気質が忘れがたい。

あわせて読むとよさそうなのは:
  • アラン・ムーアヘッド『砂漠の戦争
    上記引用の出典。従軍記者の目から見た北アフリカの戦いを、その結末まで描いている。
  • デズモンド・ヤング『ロンメル将軍
    エルヴィン・ロンメルの評伝。著者は英軍将校で、北アフリカでロンメルの捕虜になった経験の持ち主。『砂漠の狐を狩れ』にもそのエピソードが記されている。
  • マーチン・ファン・クレフェルド『補給戦
    イスラエルの研究者による、戦争に占める補給の重要さを分析した本。第六章で北アフリカ戦線を取り上げている。補給の重要さについて理解が欠けていたとして、ロンメルには批判的。

ベニン湾の戦雲

冒険小説
ベニン湾の戦雲 荒海の英雄ハーフハイド1 フィリップ・マカッチャン / ハヤカワ文庫NV

 英国海洋冒険小説のシリーズ第1作。本棚の整理ついでに読む。

 時は1891年。西アフリカのベニン湾に、ロシアが要塞を築いて、英国の交易を妨げているとの情報が入った。海軍大尉ハーフハイドは、現地に潜入するという極秘任務を命じられた。ベニンでハーフハイドを待ち受けていたのは、ロシア海軍の戦隊。それを率いるのは、かつて彼を捕虜にしたロシア海軍の提督・ゴルジンスキーだった……。

 英国産の海洋冒険ものといえば、主な舞台はナポレオン時代か第二次大戦。つまり、今まさに戦争中、という時代だ。
 ところが、このシリーズの舞台は19世紀。ボーア戦争やアフガニスタン戦争といった植民地での武力衝突は起きていたものの、いわゆる列強同士の正面からの戦争はクリミア戦争以降起きていない(もっとも、主人公がロシアの捕虜になっていたことからわかるように、小規模な衝突は起きていたようだ。)。
 もちろん、平和な時代とも言い難い。列強諸国の勢力拡大をめぐる熾烈な争いが繰り広げられていた時代なのだ。正面きっての衝突を避けながら、自国の勢力を伸ばすために謀略をめぐらす。そんな状況の中、本書でハーフハイドが命じられる任務も、「戦え」というものではない──むしろ「戦うな」という性質のものだ。
 そんなわけで物語はスパイ小説風味。主人公はひねくれ者で世渡り下手だが、ここぞというときには悪知恵が働く。

 帝国主義の時代を舞台にした、スパイ風味の冒険小説として楽しめる。長さもお手頃。

永久凍土の400万カラット

冒険小説
永久凍土の400万カラット ロビン・ホワイト / 文春文庫

 シベリアのダイヤ鉱山で何かが起きている。誰かが、ダイヤを不当に横流ししているのだ。ノーヴィクの親友は調査を始めたが、何者かに暗殺されてしまう。その魔手は、やがてFSB(連邦情報局)の捜査官を、そしてノーヴィクをも狙う。いったい、鉱山で何が起きているのか? ノーヴィクは、仲間を連れて、荒野のまっただ中に広がる鉱山町へと乗り込むが……

 エリツィン政権末期のロシアを舞台に、正義感の強い主人公が巨大な腐敗の構図に挑戦する冒険小説。主人公は地方公務員で、義憤とちょっとした機転の他にはこれといった特技があるわけでもない。だが、彼を支える脇役は強力だ。異常に戦闘能力の高い元チェチェン・ゲリラの老人に、航空会社で一財産築いた飛行機乗り。頼れる仲間とともに、ノーヴィクは巨大な陰謀に立ち向かう。

 シベリアの苛酷な気候も印象深いが、それ以上に興味深いのはマフィアが君臨した当時のロシアの混乱ぶり。ソ連崩壊後のモラルの崩れた社会を背景に、きわめて稀な正義感を持ち合わせた男が、単純明快痛快無比の冒険娯楽活劇を繰り広げてみせる。主人公ノーヴィクは義憤に駆られて無鉄砲な行動に出ることの多い男だが、要所ではしたたかな智恵を発揮してみせる。当時のロシアのような混乱をきわめた地域で、腐敗せずにいられるには、それなりの強さと知性が必要だ。
 序盤はあくまでも静かに、水面下の駆け引きを。そして徐々に緊張を高めながら、鉱山で死闘を繰り広げるクライマックスへとなだれこんでいく。

 ちなみに、当時のロシア大統領エリツィンも登場する。我々が想い描く「いかにも」なエリツィンとして。
エリツィンはティーカップをのぞきこむと、大声で言った。「もっとしかるべきものをお出ししろ!」
霜で覆われたボトルが登場し、グラスが皆に回された。
 プーチンは酒は飲まないらしいが、本人が冒険活劇の主役ぐらいは務められそうだ。暴れん坊将軍か。
  • 狼のゲーム Bookstack 古山裕樹
    ブレント・ゲルフィ (著), 鈴木 恵 (翻訳) 現代ロシアを舞台にした犯罪小説。主人公はチェチェン紛争で片足を失った元軍人、今ではマフィアの一員。幻の名画を奪い合う大物同士の暗闘に巻き込まれ、政治家たちも関わるロシアの暗黒社会で,生きるか死ぬかの闘いを...

Uボート113最後の潜航

冒険小説
 Uボート113最後の潜航ジョン・マノック / 村上和久訳 / ヴィレッジブックス

ときは1943年。カリブ海で連合国の輸送船破壊の任務に就いていたUボート113は、米軍の攻撃で損傷を受け、長距離の航行ができない状態になる。かつて近くで撃沈された僚艦の部品を流用しようとする彼らの前には、さまざまな苦難が待ち受けていた……

というわけで、第二次大戦下を背景にした正統派の冒険小説である。
  • この手の話では敵役に回ることが多いドイツ軍人が主人公
  • プロローグは現代。奇妙な遺物の発見から過去に遡る、という構成
という、『鷲は舞い降りた』『北壁の死闘』などと同じ構成をとっている。この枠組みを使うからには高い水準を求めてしまうわけだが、期待を裏切らない出来映えに満足した。そういえば、主人公の名前「クルト・シュトゥルマー」はクルト・シュタイナに響きが似ているが、それはこじつけが過ぎるというものだろうか。

Uボートが出てくる小説と言えば、たいていは『眼下の敵』みたいな連合国艦艇との駆け引きが中心になりがちだが、ここではもっぱら敵地アメリカで密かに潜水艦を修理する……という隠密行動がサスペンスを盛り上げている。

脇役もいい。単なる無能な人間やイヤな奴はほとんど登場せず(約2名くらいか)、それぞれがそれぞれの立場でベストを尽くすことが、物語の盛り上がりに直結している。特に、わずかな手がかりからUボートの存在に迫る英国海軍将校の存在は、警察小説のベテラン刑事を想起させる。

ちなみに、アメリカ沖のUボートを扱った他の作品といえば……
後の2作はホラー。特に最後のはナチスの改造人間が大暴れする、B級感あふれる怪作である。

冒険小説で読む第二次世界大戦

冒険小説
ミステリマガジン2007年10月号掲載のエッセイから、紹介した作品のリストだけ抽出。なお、タイトルに反して、本格ミステリも混じっています。

予兆:エチオピアとスペイン

  • ウィルバー・スミス『熱砂の三人
  • スティーヴン・ハンター『さらば、カタロニア戦線』

開戦前夜:ヨーロッパを覆う闇

開戦:フランスの崩壊

英国の戦い、アメリカの中立

大西洋の戦争:輸送船団とUボート

北アフリカ・地中海の戦争

ロシアの戦い

  • ダグラス・リーマン『黒海奇襲作戦
  • デイヴィッド・L・ロビンズ『鼠たちの戦争』
  • デイヴィッド・L・ロビンズ『クルスク大戦車戦』

終わりの始まり

ノルマンディ上陸(以降)

ドイツ降伏

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