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2000年11月の日記

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鮮血色の夢

ニューヨークで繰り広げられる、民族の血と憎悪の戦い

マイクル・コリンズ / 木村仁良訳 / 創元推理文庫

 片腕の私立探偵フォーチューンが依頼されたのは、ユーゴスラヴィアから亡命してきた老人の捜索。教会に張り込んでいた彼の見込み通りに姿を現した老人だったが、フォーチューンが声をかけると夜の底に消えていった……。

 舞台は70年代のニューヨーク、枠組みは典型的私立探偵小説、でも内容はまるで90年代の小説みたいだ。

 本書に登場する人々の多くが東欧系である。主人公の探偵フォーチューンもポーランド系だ。彼が創作を依頼される老人はユーゴスラヴィア出身。老人の娘婿はリトアニア人。ハンガリー動乱に参加した、ハンガリーからの亡命者も登場する。

 祖国を失い、その解放に憑かれた人々。リトアニアの土を一度も踏んだことのないリトアニア青年が戦いを叫び、動乱で戦った老将が解放を訴える。これは、そんな人々が織りなすドラマだ。圧制と憎悪の歴史に翻弄された人々の悲劇だ。

 クライマックスで明かされる真相は、民族紛争の歴史と、その重みを負った人々の業を感じさせ、実に衝撃的だ。

 本書の舞台はニューヨークだが、登場人物たちの心のよりどころの在処を思えば、本当の舞台はニューヨークではない。抑圧するものとされるものの構図がくっきりと浮かび上がる東欧諸国……あるいは、もっと普遍的な世界そのもの。

 ちなみに、ここに描かれるのとよく似た「抑圧者の正史-被抑圧者の叛史」というモチーフを多用する船戸与一の作家デビューは、本書の発表からほんの数年後のことである。冷戦構造を下敷きにした小説があふれる中で、船戸与一もコリンズも「その先」を見ていたのかもしれない。