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2009年2月の日記

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スターリングラード

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スターリングラード―ヒトラー野望に崩る / ジェフレー・ジュークス (著), 加登川 幸太郎

第二次大戦下、スターリンの名を冠した街をめぐる独ソの激闘について書かれた本。
ただしここでふれておきたいのは本文ではなく、驚きに富んだ訳者あとがきである。

訳者はまず、スターリングラードの戦いの地理的な広がりが、日本人には想像しにくいことを指摘する。そこで説明のために持ち出したのが……
日本の地形にあてはめて距離を見ることにしよう。
こんなことをするから大変なことになってしまう。
ボルガ川岸にあるスターリングラードを、隅田川にある東京においてみよう。するとドイツ第十四機甲師団が突破進出した市の北部は草加付近、ソ連軍が最後まで確保した南部のベケトフカは横浜港付近となる。
……と、こんな具合である。位置関係はわかりやすいかもしれないが、何かほかのことを犠牲にしているような気もする。だが、それでも訳者あとがきはつづく。
第十四機甲師団は、飯能市の西から一挙に突進して二十三日、草加付近でボルガ川に進出した。ホトの第四機甲軍は、浜松付近のツィムリンスカヤでドン川を渡り、伊豆半島の南をまわり三浦半島、相模湾に殺到する。九月にはいって、闘いは東京の池袋、新宿、品川の山手線の東の地区でつづいたが、ついに隅田川の西にかじりついているソ連第六十二軍を追いおとせなかった。
都庁付近でドイツ軍とソ連軍が死闘を繰り広げる……という、きらめきと魔術的な美に満ちた光景がどうしても頭から離れなくなってしまう。戦争だって? そんなものはとっくに始まっているさ。
さらに外周からの攻撃が、富山県、石川県北部をまもるイタリア第八軍にくわえられた。
イタリア軍だ! イタリア軍だ! 北陸は彼らにとってずいぶん寒いのではないだろうか。東部戦線はもっと寒そうだが。
これでチル川の西側もソ連軍の手に入った。名古屋(タッチンスカヤ)、中津川(モロゾフスク)の主補給飛行場も使えなくなる。
カッコの使い方が絶妙、なにしろ「名古屋(タッチンスカヤ)」である。もう「名古屋」を「なごや」とは読めなくなってしまいそうだ。タッチンスカヤタッチンスカヤ。地元での発音は「たっちんすきゃあ」に近いのだろうか。ほかに「浜松(ツィムリンスカヤ)」「横浜(ベケトフカ)」など。ベケトフカみなとみらい。また、「大菩薩峠(カラチ)」なんてのもなかなか強烈である。

言うまでもないが、訳者はトンデモな人ではまったくない。ないのだが、ロシアの地理を日本に置きかえて説明しているせいで、なんだか架空戦記っぽい世界が生み出されてしまっている。邪馬台国はエジプトであり投馬国はクレタ島だったと唱えた、木村鷹太郎の新史学を連想してしまった。

2009/02/01(日) テオ・ヤンセン展

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こんな動画を見て以来気になっていた、テオ・ヤンセンの作品が日本で展示されているのを見に行ってきた。



黄色いプラスチックのチューブやビニールやペットボトルをつなぎ合わせて作られた何かの骨格みたいなものが、風を受けて歩いたり這い回ったりする。もっとも、展示会場はけっこう狭くて、こんな「いきもの」を何体か並べたらもういっぱい。実際に動くのは2体だけ。

うち1体は、あまりに巨大だからか、1時間に1回だけスタッフが説明しながら動かしていた。「ぷしゅう」などとペットボトルから空気を噴き出しながら脚をもぞもぞと動かして這い回る様は、たしかに「いきもの」と呼びたくなるようなもの。
本来は海辺で風を受けて動くことを意図したものだが、屋内なので本物の風で動かすわけではない。とはいっても、人間よりもだいぶ大きな構築物がぞわぞわと動き回る様子を見られただけで十分満足。

もう1体はやや小ぶり。こちらは実際に手で押したり引いたりして動かすことができた。止まった状態での見た目もなかなかに強烈だが、実際に動くのを見てこそ意味のある展示だった。

大した予備知識もないままに見に行ったので、単に「動物みたいな動きをするオブジェ」だと思っていた。が、会場での説明や,売られていたカタログの記事からすると、どうやらこの人、風力をエネルギー源にして自律して動き回れる「生き物」を作ろうとしているようなのだ!

なにしろ、スタート地点はコンピュータの中の人工生命プログラム。そこからスタートして、実際に動き回るものをチューブを使って組み立てるに至ったわけだ。中にはチューブの組み合わせからなる「遺伝子」を持ち、他の個体と「生殖」して遺伝情報をやりとりするものまであるという。さらに近年の種は、水や乾いた砂を「知覚」する仕組みまで備えている。けっこう本気なのである。

むかし読んだ『模型は心を持ちうるか』という本を思いだした。モーターとセンサーを組み合わせた単純な模型を徐々に複雑にして、生物のような複雑な動きをさせる。そんな過程を描きつつ、神経科学や心理学の知見を説いた本である。

プラスチックのチューブやペットボトルをつないだ「生き物」に、センス・オブ・ワンダーを堪能した一日だった。