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キマイラの新しい城

ミステリ
ASIN:4061823914殊能将之 / 講談社ノベルス(→講談社文庫

 鉄の怪物が跋扈する異様な世界に紛れ込んでしまった戦士が、黒い剣を武器に大暴れする本格ミステリである。

 フランスの古城を移築して作られたテーマパーク。その社長が、750年前に死んだ城主の霊に取り憑かれてしまった……? 「私を殺した犯人をつきとめてくれ」社長の依頼を受けてやってきた石動戯作とアントニオ。だが、事件の子細もその容疑者も、すべては社長の頭の中。かくして石動は、重役や従業員らの手を借りて、現場だった古城の中で、当時の状況を再現することに……

……というお話。そんなわけで、冒頭に書いたことは嘘ではない。

 城主の霊に憑かれたという社長は、途中でテーマパークを抜け出して、トキオーンの都にあるロポンギルズ(なんのことかわかりますよね)目指して旅に出るのだ。750年前のフランス人(外見は日本人だが)を現代の都市に野放しにするとろくなことにならない。この社長も、ドン・キホーテばりの騒動を巻き起こす。

 750年前の殺人の謎解きは、往年の島田荘司みたいな仕掛けもあってそれなりに楽しいが、やや小粒という印象はぬぐえない(空回りしちゃった時の島田荘司のようなものか)。やはりこれは「社長大暴れ之巻」として楽しむものじゃないかと思う。

 そういえば、前半にこんな台詞があった。
歴史ミステリもちゃんと読まなくちゃだめだ。『ビロードの悪魔』は傑作だよ……(本書p.144)
 国産本格ミステリにしばしば登場するカー崇拝者の発言である。

 『ビロードの悪魔』はディクスン・カーの隠れた傑作(といろんな人が言うので、今やあまり「隠れた」とは言えないかもしれない)。二〇世紀に暮らす主人公が、悪魔と契約して過去の世界に旅立ち、冒険を繰り広げる物語だ。

 で、本書はその裏返し。過去の時代の人間が、亡霊として「現代」を体験するのだ。過去の人間が現代にやってきて右往左往、という物語は珍しくないけれど、現代日本の描写に仕込まれた細かいネタのおかげで、愉快なバカ騒ぎに仕上がっている。

 ちなみに、登場人物のほぼ全員が、マイクル・ムアコックの〈エルリック・サーガ〉をもとに命名されている(『黒い仏』とは趣向が違うので、書いてしまっても大丈夫だろう)。江里陸夫=エルリック、西森ルミ=サイモリル……といったところはわかりやすいが、若林蘭三=ジャグリーン・ラーンとか、大海永久=ディヴィム・トヴァーなんてのは感動に近いものを覚えてしまう。

 混沌の神アリオッチまで出てくるのには笑ってしまった。とはいえ世界が混沌に飲み込まれたりストームブリンガーが飛んでいったりはしないのでご心配なく。

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