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幻の終わり

幻の終わり キース・ピータースン/ 創元推理文庫

 昔気質の新聞記者ウェルズは、有名な海外通信員のコルトと出逢った。意気投合したふたりは、酔いつぶれるまで酒を呑む。その翌朝、コルトは謎の男に殺されてしまう。殺人の目撃者となったウェルズは、酩酊したコルトが口にした「エレノア」という女の名前を手がかりに、彼の過去を求めてニューヨークをさまよう。だが、その身に危険が迫る……。

 新聞記者ウェルズが登場するシリーズ第一作『暗闇の終わり』が絵に描いたような私立探偵風ハードボイルドだったので、てっきりこの本もそうだと勘違いしていた。だがこれは、作者がたくさん書いているようなスリラー/サスペンスなのだ。

 読者を飽きさせることなく次から次へと起きる事件。主人公ウェルズは思索型というよりは行動型だが、その行動の背景は見えづらい。コルトが語ったエレノア像を、調査の過程で勝手にふくらませて、妄想をたくましくしているようにも見える。読者がどれほど感情移入できるのかは、どれほどウェルズの妄想について行けるかにかかっている、と言っても過言ではないだろう。

 ピータースンがもたらす、この「妄想誘発→炸裂」効果がどんな事態を引き起こしたのか知りたければ、シリーズ最終作『裁きの街』解説を読んでみよう。シリーズの根幹を揺るがすような凄いことになっている。おじさんの妄想力をあなどってはいけない。

 この作品がこんなにもおじさんの妄想力を喚起するのは、やはりエレノアの描き方の巧さのなせる業だろう。彼女は小説には直接あらわれず、人の言葉や新聞記事を通してイメージが伝えられるのだが、これがさほど綿密に描かれているわけではない。だから、あれこれ想像する余地が出てくるのだ。

 最近の娯楽小説(特にアメリカ産)は重厚長大化が目立つ。スティーヴン・キングの影響だろうが、人物や事物をじっくりと描写しているものが多いように思う。そういう小説も悪くないが、こんなふうに「はっきり描かない」ことによって、主人公はもちろん読者の想像力をも引きずりだす小説は実に魅力的だ。

 丸見えよりも、見えそうで見えないほうがそそられるというのは、やはり真理なのだ。

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