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ミステリアス・ジャム・セッション

評論
ASIN:4152085444村上貴史 / 早川書房

 ミステリマガジンで連載中の日本人作家インタビュー記事をまとめたもの。本にする際に、各回(=各作家)に囲み記事を追加して、インタビューの舞台裏について語っている。おかげで、なかなか親しみやすい読み物になっている。

 実を言うと、雑誌で見たときはちょっと堅い印象があった。今にして思えば、それは「堅さ」と言うよりは「密度の濃さ」だったのかもしれない。

 というのもこの本、インタビューと銘打っているものの、インタビュアーと作家の会話形式を取っているわけではない。著者自身の文章でインタビュー対象の作家について語りつつ、要所要所に作家自身の声を差し挟むという形をとっている。会話体が持つはずの「すきま」が、著者による作家論で埋められているのだ。

 そういうわけで、舞台裏について語っているのはプラスに働いていると思う。ちょっとした息抜きになっているだけでなく、雑誌連載では表に出てくることのなかったインタビュアー自身の顔──酒好き(でミステリや音楽も好き)──も見えてくるからだ。本一冊分の付き合いになるんだから、たとえ主役は作家だといっても、インタビュアーがどんな人なのかが分かるに越したことはない。

フィルムノワールの時代

評論
ISBN:4886296858新井達夫/鳥影社

1940~50年代の一時期にアメリカで量産された一群の映画、フィルム・ノワール。この本では、その誕生から発展、そして消滅までのようすが考察されている。

『シェーン』をフィルムノワールの文脈に位置づける展開など、映画ファンならではの視点が興味深い。

 観てみたい、と思わせる作品がいくつもあった。これこそ論評の力ってやつだね。

 アメリカでは単なるB級量産映画扱いだったものを、「フィルム・ノワール」としてその価値を見出したのは例によってフランス人。映画に限らず、H・P・ラヴクラフトにジム・トンプスンにフィリップ・K・ディックなど、アメリカじゃろくに評価されず、フランスでの人気のおかげで再評価されてカルト的存在になったケースは珍しくない。フランス人がこの世にいなければ、アメリカの映画や小説はもっとつまらないものになっていたに違いない。

北米探偵小説論

評論
ISBN:4309902847 野崎六助 / インスクリプト

 3000枚に及ぶ大著。『20世紀冒険小説読本【海外篇】』は小説を通して歴史を見る本だが、こちらは歴史を通して小説を見る。といっても、折々の社会事象が小説にどのように反映されたか、という単純な話ではない。

 いわば、探偵小説という形式から見たアメリカ文学論でもあり、日本ミステリ、在日朝鮮人文学と言った領域にも話題は広がってゆく。

 「北米探偵小説論」と名付けられているものの、ときとしてそれは「北米」からも「探偵小説」からも逸脱して、たとえばアメリカ共産党の日系党員の話や、野坂参三スパイ説にページが費やされる。ただし、それらは決して本論と無関係ではない。

 前半の主役は二人。ヴァン・ダインとダシール・ハメット。特にヴァン・ダインにはかなりのページを費やし、彼の作り上げたもの、本当に作ろうとしていたもの、そして後継者たちが引き継いだものが語られる。こうしてみると、確かにアメリカのミステリにおける彼の役割は重要だったのだろう。とはいえ、今ではやっぱり「資料的価値」の強い作家だと思うので、無理に全作を読むこともないと思う。

 繰り返されるのは、様式の確立と、そして様式を生み出した作家自身がその様式に縛られる過程だ。ヴァン・ダインも、ハメットも、チャンドラーも、ロス・マクドナルドも、自らの作り上げた様式に囚われてしまう。本書の終わり近くで批判される、ハリウッド映画的なジャンルミックス型作品もまた、そうした「様式」の一形式なのかもしれない。

 ある様式に則って書き続けること自体は、一向に差し支えない。だが、「様式に則って何かを書く」のではなく、「様式を書く」状態になってしまった場合は、作品からは輝きが消えてしまうだろう。アンドリュー・ヴァクスの近作のように。

忠臣蔵とは何か

評論
忠臣蔵とは何か 丸谷才一 / 講談社文芸文庫

 なぜ忠臣蔵はかくも人気があるのかという話から、「曾我物語」へと話は移り、さらに元禄時代の世情について述べられる。そして最後は忠臣蔵の人気の根元へと迫ってゆく評論。

 この本の最もおもしろい部分は、最後の章に示される結論----「忠臣蔵とは何か」に対する答えである。それまでに述べてきたことを下敷きに導き出される結論はあまりにも意外で、著者自身、

「私が思ひ描く時間の枠組は気が遠くなるくらゐ大きい」

 と述べてゐるほどだ(あ、うつっちゃった)。下手なミステリよりもはるかにスリリングな謎解きが展開されている。ほとんど伝奇SFといってもいい。その結論についてはここには書かない(ミステリのネタばらしは避ける方がいいだろう)。ちなみに、瀬戸川猛資氏の『夢想の研究』にもこの本が紹介されていた(もともとこの本を手にしたきっかけも、『夢想の研究』を読んだからだった)。

 ちなみに、本書を受けて書かれたのが井沢元彦『忠臣蔵 元禄十五年の反逆』(新潮文庫)。ベースにあるのは丸谷の論だが、著者お得意の「言霊」をキーにした忠臣蔵の謎解きが繰り広げられる。こちらもおすすめ。