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残虐行為記録保管所

陰謀小説
残虐行為記録保管所 チャールズ・ストロス / 早川書房

 アラン・チューリングが開拓した数学的魔術。その禁断の知識がもたらす災厄を阻止すべく、英国政府は密かに情報機関〈ランドリー〉を設立した。本書は、〈ランドリー〉の新米エージェントであるボブ・ハワードが、魔術を操るナチの残党なんぞを相手に奮闘する物語である。
 もっとも、ハワードは新米。ジェイムズ・ボンドみたいなスーパーヒーローではない。組織の末端であり、英国政府のお役所体質やイヤな上司に悩まされながら任務を遂行することになる。
 基盤はレン・デイトンのスパイ小説。そこにクトゥルー神話の要素を取り入れて……となると、どうにも重々しい物語を想像しがちだ。だが、作者はここにもうひとつの要素を付け加えてみせる。
 あろうことか、モンティ・パイソンなのだ。
「〈第三種栄光の手〉、五回の使い切り、汎用の不可視化ではなく鏡面ベースによるコヒーレント放射……」
(中略)
「それをこしらえるためには山西省で死刑を執行しなければならないことは知っているか?」
 ぼくは吐き気を催しながら手をおろす。「指を一本使っただけですよ。それはそうと、業者はオランウータンを使ってたはずです。いったいどうしたんですか?」
 ハリーは肩をすくめる。「悪いのは動物の権利保護団体さ」
また、クトゥルー神話ならではの芸当──本来まったく無関係だったものを勝手に自らの体系に取り入れてしまう様子も堪能できる。
「あれってクヌースじゃない?」(中略)「ちょっと待ってよ──第四巻? だけど、あのシリーズはまだ第三巻までしか完成してないはずじゃないの! 第四巻は、刊行がもう二十年も遅れてるのよ!」
刊行が遅れたのは、第四巻に禁断の知識が記されていたからだそうな。高度に発達した科学は魔法と区別できない、というのはこのことだったのか。

……こんなふうに、あちこちに作者のお遊びが仕掛けられた愉快なスパイ小説である。冷戦時代のスパイ小説を、核兵器による絶滅の恐怖に基づいたホラーとして認識する作者のあとがきも興味深い。クトゥルー神話とエスピオナージュを結びつける発想はよくあるものだけれど、両者の共通点を意識していることを明確にしているのは珍しい。

陰謀小説

陰謀小説
「南米に逃れたナチの残党が空飛ぶ円盤を作っている」
「アメリカ空軍の基地にエイリアンの死体が隠されている」
「世界経済を陰で支配しているのはフリーメーソン」
……そんな怪しげな話を耳にしたことはないだろうか。

 ここでは、そんな怪しい陰謀を描いた小説を集めてみた。

(ついでに、Amazonにて「これは奴らの陰謀だ! 素敵な陰謀小説の世界」なんてリストを作ってみた)

 とりあえず、陰謀を企でた主体がどういう性質の集団なのか、で分類してみた。ちなみに「実はそんな陰謀はありませんでした」のようなオチの作品も混じっているが、ここでは区別しないで取り上げることにする。

政府内部とその周辺(※外国政府は含まない)

体制そのもの、あるいは体制に承認された秘密機関

体制内で暴走する一機関


体制をコントロールする陰の集団(集団自体は体制外部)


政府外部

企業

外国政府

イデオロギーに基づく集団

信仰に基づく集団

その他の私情に基づく集団

人類以外

このリストの由来

推理小説論叢』 という、慶応大学推理小説同好会50周年の記念冊子に書いた原稿がもとになっている。もともとは「各自の切り口で、全50巻のミステリ全集を作る」というコンセプトだったので、このリストも50冊限りだった。

もとの原稿はこちら→陰謀小説の選択基準

履歴

記事リスト

角の生えた男

陰謀小説
ISBN:4887243510 ジェイムズ・ラスダン / DHC

読みかけの本に挟んでおいたしおりが何十ページも移動していた。それをきっかけに、ひとりの大学講師の身のまわりに次々と不可解なできごとが起きる。数々の事象の裏に、彼は前任者ツルミルチクの影を見いだす……。

ここ数年、陰謀の匂いがするフィクションが気になっている。自分の暮らす環境が、何者かの意志に基づいてコントロールされている--そういう妄執(ないしは現実)を扱った作品だ。

この本にもそういう匂いがただよっている。主人公がツルミルチクを疑う根拠はそれほど強固なものではないが、数々の偶然に見える符合を必然と見なすことによって、彼の妄執もエスカレートする。それにあわせるかのように、彼の身に降りかかる疑わしい現象もどんどんエスカレートする(し、彼自身も陰謀に対抗して突飛な行動をとるようになる)。

短いながらも、危険な妄想によるトリップ感覚が味わえる作品だ。

定吉七は丁稚の番号

陰謀小説
定吉七は丁稚の番号 / 東郷隆

 大阪商工会議所・秘密会所の丁稚・定吉は、殺しのライセンスを与えられた腕利きの工作員。関西文化の破壊を企む汎関東主義秘密結社・NATTOを相手に、今日も死闘を繰り広げる……

 007シリーズの世界を、そっくり80年代日本に置き換えたパロディである。東西冷戦構造は、そのまま関東と関西の対立にシフトする。NATTOの目的が「関西人に納豆を食べさせる」というのもなかなかいい(でも、少なくとも半世紀以上は大阪に住んでいる私の祖父母は、ふつうに納豆を食べていたけれど)。

 パロディなので、原典を知っている人には楽しい場面が満載だ。例えば『定吉七は丁稚の番号』に収録されている中編「ドクター・不好」の冒頭は、元ネタ『ドクター・ノオ』の冒頭の展開にぴったり重なる。もっとも、ジャマイカのリゾートが湘南に、コントラクト・ブリッジが麻雀になっているけれど。

 もちろん、元ネタなんて知らなくても楽しめる。この東西冷戦は、荒唐無稽でありながら、たいていの日本人には米ソの冷戦よりもはるかに身近な対立軸だ。スタイルはあくまでもギャグ。そして、それが逆に「日本の公的機関に属するスパイ・ヒーロー」をリアルな存在にしている。

 なにしろ現実の日本政府は、どう見てもMI6やCIAみたいな諜報機関なんて持ってなさそうだ。だから、「××庁の秘密エージェント」なんてのが外国のスパイ相手に大活躍しても絵空事にしか見えない。

 そこで定吉七番シリーズだ。「国家のエージェント」という枠組みが背景と合わないのなら、背景のほうを変えてしまえばいいのだ。

 かくして生まれたのが、関東と関西が冷戦を繰り広げる日本である。この対立軸は、多くの日本人には身近なものだろう。一方で、「大阪商工会議所の秘密工作員」なんてのがいてもおかしくない雰囲気を備えている。ふさわしい舞台に、ふさわしい登場人物。ひとつの世界として整合性があるからこそ、荒唐無稽ではあるがリアリティに満ちている。

 しかも、とっぴな設定に隠れがちだが、アクションの描写も、物語の造りもいたって真剣なのだ。原作のアクションシーンは、巧みに日本の事物を活かしたアクションに置き換えられている。ストーリーだって、固有名詞を置き換えればシリアスな物語として充分通用しそうだ。作者が真剣に冗談をやっているからこそ、作品世界がより身近に感じられるのだろう。

 このシリーズ、本書に続いて『ロッポンギから愛をこめて』『ゴールドういろう』『角のロワイヤル』『太閤殿下の定吉七番』が刊行された。舞台は80年代なので、今読むと懐かしさを感じさせるような描写も珍しくない(特に、田中康夫風の作家が登場する『ロッポンギから愛をこめて』がそうだ*1)。そのせいか、新刊書店では入手が難しい。

 だが、そんな理由で埋もれさせてしまうにはあまりにも惜しいシリーズである。どこかで見かけたら、ぜひご一読を。

*1 : 2008/01追記:この文章を書いたのは、田中康夫が長野県知事選挙に立候補するとかしないとか言っていたころだ。