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修善寺・紅葉の誘拐ライン

ミステリ
若桜木虔 / ジョイ・ノベルス

 伊豆は修善寺のさる旅館で起きた誘拐事件と、その捜査の様子を描いた物語だ。ミステリーと観光案内を足して10で割ったような作品で、2004年の週刊文春ミステリーベスト10では9位に入っている。

 目次などを除いた本文は233ページで、本の重さは204グラム(カバー・帯を含む)。定価は838円+消費税で、ISBNは4-408-60291-4となっている。初版発行は2004年10月25日で、著者は若桜木虔、発行は有楽出版社、発売は実業之日本社、そして印刷・製本は大日本印刷株式会社である。

……と、本の紹介としては異色の形で書いたけれど、これは本書での観光地や名産品を紹介するやりかたに倣ったものである。なんというか、スペック重視なのですね。例えば……
伊豆署は修善寺ではなく田方郡大仁町大仁六八〇番地一号にあって管轄区域は伊豆市、田方郡大仁町、戸田村の広範囲に跨っており、電話番号は〇五五八(七六)〇一一〇番。(p.27)
ハリストス正教会の住所は、伊豆市修善寺硯沢の八六一番地で、明治四十五年に建てられた(中略)ロシア正教会である。(p.39)
清水署の所在地は静岡市清水天王南一丁目三十五番地で、電話は〇五四三(六六)〇一一〇。(p.74)
それから湖岸道路を走って諏訪市美術館も訪れてみた。住所は諏訪市湖岸通四-一-一四で……(p.185)
 名所の所在は番地まで記される。警察署にいたっては電話番号まで。トラベルミステリーの類については不勉強でよく知らないのだが、一般にここまで詳しく書くものなのだろうか?

 著者の霧島那智名義の架空戦記で、兵器のスペックが必要以上に細かく述べられているのを思い出す。この手のミステリーでの名所や警察署は、ある種の架空戦記での超兵器と同じ役割を担っているのだろう。

 ただ、所在地を番地まで詳しく書くよりも、地図の一枚でも載せてくれたほうが、位置関係がわかりやすくなったと思う。特に前半は、誘拐犯の要求で伊豆のあちこちを移動するという筋書きなので、地図がまったく載っていないのはちょっと辛かった。

 ホテルや旅館、地方のおいしい食べ物の紹介は、さまざまなWebページからの引用が多いようだ(巻末に、参考にしたというWebページのURLがずらりと並んでいる)。「誘拐ものは創作する側としてはパターンで書けないので」と作者は述べているが、プロット以外の要素をすべてパターン化するのはあまり印象がよくない。できれば作者自身の文章で語ってほしかった。

 ネガティヴなことばかり書いてしまったので、いいところにも触れておこう。
 本書でいちばん笑ったのはここだ。誘拐された少女が解放され、事件の報道が解禁された後の様子。
ただでさえ観光客を満載した大型バスで渋滞するところへ、電車で駆けつけた記者やカメラマンのみならずテレビ東京を除いた全ネット・テレビ局の中継車が何十台も押しかけた。(p.85)
 嗚呼テレビ東京。

(2005.1.28追記)

 杉江松恋さんが「この2冊はセットで読まないといけないというルールでもあるんですか?」と気にしていた、大野優凛子『しまなみ海道 沈黙の殺人』も読んでみた。

 警察署の電話番号や観光地の所番地こそ載っていないけれど、文章や人物描写はこちらのほうが自然で、妙なひっかかりを感じることもなく読めた。そんなわけで、減点法で評価するなら『修善寺~』よりもこちらのほうが上。

 ただ、小説の面白さというのは決して減点法で測れるものではない。加点法で比べるなら、まあだいたい同じ位置だろう。

(2005.12.23追記)

ちなみに、今年から週刊文春のミステリーベスト10は、作家の自作への投票は無効として扱っているらしい。

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アウトローの世界史

歴史
ASIN:4140018747南塚信吾 / NHKブックス

 5年ほど前(1999.12)に刊行された本。「国家から盗って、何が悪い!」という帯の文句が目を引く。

 この本で取り上げられるのは、アウトローの中でも特に義賊。資本主義システムによる近代化に抗う存在としての「義賊」に光を当てて、義賊の側から世界史を読み直そうという試みだ。

 ブルガリアのハイドゥクと呼ばれた人々をはじめとする東欧の義賊たち、ジェシー・ジェイムズやビリー・ザ・キッドといったアメリカのアウトローたち、そしてオーストラリアのネッド・ケリー(ちなみにオーストラリア推理作家協会賞が「ネッド・ケリー賞」だったりする)、ロシアやラテンアメリカの義賊たち。さらには日本の鼠小僧などにも言及している。

 それぞれ「点」として存在しているように見える義賊を、「システム化への抵抗」として結びつけてゆくというスケールの広がりが面白い。

 船戸与一の『夜のオデッセイア』に、ウィスキー・ジョーという陽気なプロレスラーが登場するのを思い出した。ブルガリアのハイドゥク(文中での表記は「ハイダック」)の子孫──そう、この本が取り上げるアウトローの血を引く男だ(彼がどんな人物かは、サントリーの「ウィスキーとミステリーの世界」を見るのがいいだろう)。
 船戸与一を思い浮かべるのは自然な流れだろう。船戸の描く人々もまた、システムに対する抵抗者であることが多い。彼の紡ぐ「叛史」と、本書の著者の視点は、かなり近いところにあるのだ。
世界史を国王や首相を登場させないで描くこと、政党や政治家の名前を出さないで書くこと、大企業やそのグループの活動としてではなく描くこと、ナショナル・ヒストリーの集まりではなく描くこと、そういうことができればいいなと考えて、もう二〇年近くになる。(「あとがき」より)

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