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Mr.クイン

ミステリ

ラディカル・シニカル・パズル

Mr.クインシェイマス・スミス / 黒原敏行訳 / ミステリアス・プレス文庫

 クインは麻薬王の影のブレーン。完璧な犯罪計画を立て、それをボスに伝授する。彼の存在を知るのはボスただ一人。彼の存在は腹心の部下たちにも知られていない。

 クインがめぐらす犯罪計画は綱渡りに似ている。危ない橋も渡ってみせるが、落ちたときのために網を張っておくことも忘れない。

 作中、クインはしばしば意図の読めない指示を下す。犬を飼え、壊れた携帯電話を用意しろ、などなど。その多くが実はこうした予防措置なのだ。数々の謎めいた指示が効果を発揮する後半は、クインたちの計画をかぎつける新聞記者の存在も手伝って、さながら謎解きミステリの解決シーンのような楽しさがある。

 完全犯罪めざして計画を練る犯罪者といえば、ほかにはリチャード・スターク描く悪党パーカーが有名だ。どちらも犯罪をビジネスと割り切っていることは共通している。冷酷ではあるが残酷ではない。綿密な下調べの上に計画を立て、日ごろからリスクマネジメントを怠らない。まっとうな仕事に就いていても、それなりに成功しそうな人物である。

 だが、パーカーとクインのあいだには大きな違いがある。

 それは家族の存在だ。

 パーカーは家族らしい家族を持たない。

 子供はいないし、第一作からすでに夫婦関係の破綻した男として登場する。しいて挙げるなら、愛人のクレアぐらいか。

 クインには妻子がいる。犯罪計画と並行して、クインの浮気が妻にばれてさあ大変、という騒動が描かれる。妙な屁理屈をこねて自分を正当化してみたり、ブラックではあるがユーモラスな一幕だ。

 だが、クインの家族に接する姿勢を見るがいい──その冷酷なまでの計算高さは、犯罪者としての彼の姿勢とまったく同じだ。浮気はあっけなくばれてしまうものの、その後は彼ならではの危機管理の手腕が発揮される。

 パーカーは家族を持たないからこそ、読者にそういう面を見せずにすんでいた。いや、彼はアンチ・ヒーローというよりは、たまたま犯罪を生業とする冷酷なだけのヒーローなのかもしれない。なにしろ愛人のクレアが人質にとられたときには、その身を案じて無理をしたこともあったくらいだから。

 クインは違う。家族でさえも「ビジネス」と同じような計算の対象にしてしまう。家族といえば利益関係以外のなにかで繋がっている存在、少なくともそういうことになっている。そんな幻想を軽妙に、しかし冷たく笑い飛ばしてしまうのがクインという男である。

 正統派アンチ・ヒーローの登場だ。

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