▼ 彼らは廃馬を撃つ
【ノワール】
■一瞬の虚栄、一瞬の死
ホレス・マッコイ / 常盤新平訳 / 角川文庫物語は裁判所で幕を開ける。ひとりの男が、女を殺した容疑で裁かれ、まさに判決を下されようとする瞬間。男の脳裏をよぎったのは、女との出会い、苛酷なマラソン・ダンスへの出場、そして殺人……。
アメリカ。不況のさなかの30年代。夢を求めてハリウッドにやってきた男女が、狂躁のマラソン・ダンスに参加する。目指すは1000ドルの賞金、そして映画関係者の目にとまること。
マラソン・ダンスは苛酷な競技だ。何組もの男女が1時間50分踊り続け、その後はわずか10分間の休憩。そしてまた踊り続ける──自分たちが脱落するか、あるいは最後の一組になるまで。疲労がたまった出場者たちの行動はおかしくなる。意識は朦朧として、パートナーには憎しみを抱くようになる。そんな彼/彼女たちの奇行を見に集まる観客たち。
主人公の男女は、わずかなチャンスに賭けて、時代の徒花のようなこの見せ物競技に挑戦する。
印象的なタイトルだ。虚栄の裏側で、スポットライトを浴びることなく消えてゆく男女をクローズアップした作品である。あるいは、夢みることとその残酷な結末を描いた作品である。
文体がハードボイルド、というわけではない。殺人事件が描かれ、それは物語の重要な位置を占めているが、かといって正面きって犯罪が描かれるわけでもない。にも関わらず、この作品に漂うのはハードボイルド、あるいは暗黒小説と同種の空気だ。
男はなぜ女を殺さねばならなかったのか、という一点に向かって収斂する物語は、無駄なく進んでゆく。その過程で浮かび上がるのは、マラソン・ダンスの持つ俗悪さだ。その俗悪な環境の中で、必死に這い上がろうとする男女だ。そして観衆と参加者は対比され、持てる者と持たざる者の格差が浮き彫りになる。
絶望的なフィニッシュではある。しかし殺し殺される関係でありながら、二人の間には温かみが感じられ、それは男の最後の言葉に結晶している。
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