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無頼船長トラップ

冒険小説
ブライアン・キャリスン/ハヤカワ文庫NV

第二次大戦下の地中海。トラップ船長とその一味は、戦火をくぐり抜けてボロ船カロン号で密輸に励んでいた。だが、英国海軍の示した報酬に釣られて、北アフリカに向かう枢軸国の補給船を襲う任務を引き受けることに……。

強欲にして陰険、それでいながらなぜかうさんくさい連中に人望のあるトラップ船長のキャラクターが強烈。ひたすら己の利益を追求するトラップだが、人々が「国のため」に戦う時代に、徹底して「俺のため」に動くその姿にはある種の清々しさが漂う。

作者ブライアン・キャリスンはかつて商船に乗っていたせいか、どちらかといえば輸送船側が主役で、それを襲う通商破壊側が敵役、という図式の作品が多い。主人公が「襲う側」というのは珍しいのだが、彼らの乗るカロン号がとんでもないオンボロ船、というあたりでバランスを取っているようだ。

ちなみに、作中ではマルタ島の基地への大規模な物資輸送を試みたペデスタル作戦の様子が描かれており、だいたいの時期がうかがえる。

暁の密使

冒険小説
暁の密使 北森鴻 / 小学館

時は明治30年代。日本は清との戦争に勝利して大陸進出を拡大し、ロシアとの間に緊張が高まってゆく。そんな政治情勢とは無関係に、仏道に生きる一人の僧侶がいた。その僧侶──能海寛は、廃仏毀釈を経て低迷する日本の仏教界のために、チベットを目指して旅立つ。だがそこには、彼自身も知らない、日本政府の秘策が隠されていた……。

チベットに向かった日本の仏教者と言えば河口慧海が有名だが、能海寛も実在の人物。ただし、ラサにたどり着いたことが記録されている河口に対し、能海は国境付近で消息を絶ってしまった。その空白に向かって空想をふくらませたのがこの小説だ。

彼の行く手を阻むのは、清朝や英国商社のエージェント。能海が抱えたある秘密のせいで、彼は日本政府の密使と見なされていたのだ。英国冒険小説では主人公の心強い味方として登場するネパールのグルカ兵が、ここでは不気味な敵として迫る。

英国とロシアの、大陸を舞台にしたパワーゲーム。そこに加わる日本や清朝。そんな陰謀が渦巻く中をゆく主人公は、仏教復興を願う純朴な僧侶。この組み合わせの妙が、物語に波乱をもたらし、面白さをふくらませている。

そして障壁は人間だけではない。チベットの苛酷な自然環境もまた、能海を苦しめる。この作品、たいへんストレートな秘境冒険小説なのだ。

冒険小説としての楽しさもさることながら、終盤にいたって明かされる、能海の抱えた秘密の正体があまりに強烈で忘れられない。あまりにも意外で、最初に明かされたときは何のことだか分からないくらい意外……というところは、『百番目の男』や『日本核武装計画』のアレを思わせる。

ところで、チベットの最高権力者はダライ・ラマだとばかり思っていたのだけど、当時のチベットは祭政分離で、宗教的な権威はダライ・ラマにあり、世俗の権力はチベット王が握っていたのですね。……ということを初めて知った、チベット事情に疎い人間でも十分に楽しめるお話です。

ついでに

陰謀と幻想の大アジア/海野弘
能海寛の抱えた秘密の正体は、海野弘『陰謀と幻想の大アジア』で詳しく説明されている、かつての日本の大陸幻想にも通じるものがある。

マンハッタン市街戦

冒険小説
スティーヴン・マーティン・コーエン / 創元ノヴェルズ

 1991年、湾岸戦争が勃発したころのニューヨーク。この街に潜入していた3人のイラク人工作員が活動を開始した。人々が集まる場所に次々と爆弾が仕掛けられ、街は戦場と化す。

 彼らを狩り立てるのは──休職中だった敏腕刑事に、粗暴な爆発物専門家、そして謎の多いFBI捜査官。バグダッドの戦争に並行して繰り広げられる、ニューヨークでの戦争の行方はいかに?

 1997年の作品。都市を狙ったテロ、という素材のあまりにお気楽な扱い方に、9.11以前ならではの大らかさを感じる。もちろんアラブの大義だのアメリカの正義だのはどうでもよくて(なにしろ作者はこの作品をガイ・フォークスに捧げているのだ)、爆弾を仕掛ける3人と、それを追う3人との対決をアクション映画風に描いている。

 題材の扱いかたがお気楽に見えてしまうのは、緊迫したアクションの合間にバカバカしい(あるいは品のない)ギャグを挿まずにいられないという、作者の因果な性癖によるものだろう。

 特にカーチェイスの場面は爆笑モノ。行く手をさえぎるのは、愛と平和を説くハレ・クリシュナの信者の一団だったりするのだ。追う側も追われる側も、ハレ・クリシュナの皆さんを平気で巻き添えにして銃撃戦を始めてしまう。

 そういえば、作中に登場する映像解析システムは、ハーポとチコとグルーチョという名前の3台のコンピュータで構成されているのだ。根っからのギャグ好きであろう。

無頼の掟

冒険小説
ASIN:4167661896 ジェイムズ・カルロス・ブレイク / 加賀山卓朗(訳) / 文春文庫

1920年代のルイジアナ。ソニーは危険と隣り合わせの暮らしに憧れ、叔父たちについて銀行強盗に。だが、初舞台で捕まってしまい、脱獄困難な刑務所に送り込まれる。しかも、数々の犯罪者たちを葬った伝説の鬼刑事が、ソニーを息子の仇として付け狙っていた……。

犯罪小説で、恋愛小説で、成長小説で、……と、いろいろな切り口で読むことのできる熱気あふれる小説。

主人公たちもさることながら、主人公を追う鬼刑事ボーンズの個性に圧倒される。登場ページ数は少ないにもかかわらず、この本で最も印象に残るキャラクターのひとりだ。この手の冒険活劇の敵役として、実にツボを押さえた装飾が施されている。

黒いスーツに身を包み、数々の悪漢たちを正当防衛に持ち込んで殺しながらも、一度も裁かれたことはない。最大の特徴は、ペンチだ。

彼はかつて犯罪者に撃たれて左手を失い、そこにペンチを取り付けている。フレディ・クルーガーのナイフ爪のようなものか。ただし、刃物ではなくペンチを選ぶところに、ボーンズの陰惨な暴力指向が垣間見える。主人公の行方を知ってそうな奴を捕まえては、ペンチを使って拷問する。この作品、陰惨な描写はそれほどない(あ、男なら思わず前を押さえて不安になる描写があった)のだけれど、こいつの登場シーンだけは陰惨だ。禍々しい雰囲気が漂う。

「手」という汎用的な道具を、用途の限られた道具に置き換えるというのは、キャラクターの性格付けとしては実に強力だ。特に、こういう活劇調の小説では。そういえば、特撮ものなんかも、敵味方問わず手を機械に置き換えたキャラクターがいろいろ登場していたように思う(最初に思い浮かんだのがライダーマンだったりするのがちと悲しい)。

……ペンチのことばかり書いてしまったが、読みどころは他にも多く、そのすべてを網羅するのは難しい(解説をまるごと読んでもらったほうが早い)。ラスト1行半の幕の引き方はあまりにも鮮やかで、深く息をつきながら読み終えた。

と言いつつやはりペンチのことが気になるのだが、あれはどういう仕組みで開閉しているんだろう。彼の左手は吹き飛ばされたはずなのに。これがサイバーパンクというものか(←違います)。

まあ、いろいろありますが、なにはともあれペンチ最強。

凶獣リヴァイアサン

冒険小説
上巻下巻ジェイムズ・バイロン・ハギンズ / 創元SF文庫

ゴジラ対バイキング。ひとことで言えばそういう話である(バイキング対地底怪獣、というのがより適切かも)。

舞台はアイスランド沖の孤島に広がる地下洞。とある企業が、アメリカ軍の援助のもと極秘プロジェクトを進めていた。彼らが開発していたのは究極の生物学的抑止力、その名もリヴァイアサン。コモドオオトカゲの遺伝子を改造して作られた身長10メートルの怪物は、開発者たちの予想を超える能力を秘めていた。自力で身体能力を進化させてゆく怪物はついに暴走し、研究者たちを、兵士たちを餌食にしてゆく。そして、怪物の暴走に備えて用意されていた核自爆装置が起動した。残された時間は24時間。苦境に立たされたスタッフたちの前に、身長2メートルを越すノルウェー人の大男が現れた。古風な信念を抱き、島のはずれで暮らしていたトールだ。彼の斧は怪物を打ち倒せるのか……?

という、たいへんストレートにわかりやすいお話。

読み終えて

 大変満足である。

 ほとんど洞窟の中だけでで展開される物語は、「怪獣と人間たちとの死闘」に的を絞っている。余分な要素はほとんど削られていて、たとえばこの手の話につきものの怪獣の誕生秘話なんてのも必要最低限にとどめられている。

 もっとも本書の元ネタは、いわゆる怪獣映画のたぐいではなさそうだ。斧を構えた大男が巨大な怪物に立ち向かう──ファンタジーなんぞではおなじみの、英雄の竜退治物語というやつだ。

 なにしろクライマックスでは、この大男が怪獣相手に一対一で勝負してしまう。戦車をも打ち負かしてしまう怪獣に、だ。これはもう、リアルな軍事考証を積み重ねたシミュレーションというよりも、英雄の物語としか言いようがない。

 いちおう、怪獣が現代の世界で暴れるための理屈付けはなされている。でも、この作品の場合、そのへんはわりとどうでもよかったりする(正直なところ、少々いいかげんでもある。そもそもアメリカ軍は「怪獣の軍事利用」なんて奇策に頼る必要はないだろう)。

 いわゆる怪獣映画的な描写との最大の違いは、これが「生身の人間と怪獣との戦い」を正面切って描いているところだろう。本書の登場人物は、戦車や戦闘機や、果てはメカなんとかとかスーパーなんとかみたいな超兵器に頼ることはない。グレネード・ランチャーを抱えて駆け回り、あちこちに高圧電流を流し、罠を仕掛け、血と汗にまみれながら怪獣に立ち向かうのだ。

 怪獣との一進一退の駆け引きが生み出す緊張感。

 仕掛けた罠に怪獣を追い詰めてゆくときの高揚感。

 怪獣の異常な生命力に対峙した人々の絶望感。

 作者が妙に倫理的なことも手伝って、設定こそ荒唐無稽だが実に熱い物語に仕上がっている。そういえば、今まで訳されたハギンズの作品も、似たようなムードがあったように思う(怪物退治というモチーフも似通っているけど)。