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「影」の爆撃機

冒険小説
デイル・ブラウン/二見文庫

上巻/下巻
  • ハイテク航空機主体の軍事スリラーを書く人。
  • ソ連がなくなったからって無理にロシア政府を強大化させていた前作『ロシアの核』に比べれば、敵役の設定に工夫が見られる。
  • 大統領が孤立主義を指向しているあたりは、最近の軍事スリラーでのアメリカ大統領の定番を踏襲している。
  • 偶然だろうけど、MJ-12やロズウェル事件みたいなUFOヨタ話を想起させる要素がいっぱい。
    • 正体不明のステルス機=未確認飛行物体
    • 攻撃を受けたパイロットが「火星人か?」とつぶやく場面
    • 「宇宙人」と形容される、特殊な装備に身を包んだ米軍のエージェント救出チーム
    • 「エリア51」ことネリス空軍基地が重要な舞台に(まあ、これはこの基地の役割を考えればごく自然なのだが)
  • びっくりするのは後半の意外な展開。
    • この人の作品、すべて同一の世界設定のもとで書かれているので、過去の作品での国際情勢(南北朝鮮が統一されてたり、ロシアに民族主義的な政府ができてたり)が反映されている。
    • そんなわけで、たぶん次作もそうするのだろうけど……この展開だと、次作ではリアル路線の軍事スリラーは辛いのでは。
    • 戦隊ヒーローとかあるいは「アイアンマン」みたい。

トム・ゴードンに恋した少女

冒険小説
ISBN:4105019090 スティーヴン・キング/新潮社

 トリシアは9歳の女の子。母と兄と一緒に出かけた自然公園で、ひとり森の中に迷い込んでしまう。彼女の心の支えは、大好きな野球選手トム・ゴードン。たまたま持っていたラジオで試合の実況を聞き、食べられそうな植物などを探してなんとか生き延びようとする彼女の運命は……。

 ただ、それだけの話だ。が、キングといえば「ただそれだけ」の話をじっくりと書き込んで長編に仕立ててしまう作家である。
この作品も、ストーリー展開よりもキングのそういう筆力で読ませる話だ。

 特に、ヒロイン(というにはだいぶ幼いのだが)が樹の陰や葉ずれの音に「怪物」の存在を感じてしまうあたり、ホラーに愛着を抱く作家ならではの演出がさえている。

パイド・パイパー

冒険小説
ISBN:448861602X ネビル・シュート/創元推理文庫

 第二次大戦がはじまって間もない1940年。スイスの保養地を訪れていた老弁護士は、戦局が緊迫するなか、イギリスへの帰途につく。戦火が広がるフランスを、老人はひたすら故国を目指して旅をする。スイスで知り合った、イギリス人の子供二人を連れて……。

 ネビル・シュートといえば「渚にて」だけが有名だが、実のところこの人は冒険小説家として評価が高いのだそうだ。本書を読めば、その評価にもうなずける。決して派手な物語ではない。老いた主人公が、子供たちを引き連れて、戦火の中イギリスを目指す、ただそれだけの物語だ。

 が、これがけっこうスリリングなのである。連れている子供たちは境遇をよく理解しないまま、ドイツ兵がいる町で英語をしゃべってしまうこともある。しかも主人公は老人。温和な人柄と人々の善意だけを頼りに、ドイツ軍に立ち向かう。一晩宿に泊まるだけでも、そこには強い緊張感がある。

 題名の「パイド・パイパー」には、老人についてゆく子供たちがだんだん増えてゆく物語の展開に加え、ハシバミの枝を削って笛を作るという老人の特技を象徴しているが、この特技が泣かせる。「若い読者が本書をどう読むかはわからないが」なんて解説には書いてあるけれど、老人が戦災孤児に笛を作るくだりといい、笛作りからふと我が子のことを思い出すくだりといい、身につまされることはなくとも、その叙述は淡々としているだけに胸にしみる。

 本書の敵役はもちろんドイツ軍。だが、その描き方は(トム・クランシーがアラブ人を描くような)単純な「悪役」としてのものではない。例えば、老人が遭遇するゲシュタポの士官の姿を見るがいい。一行の行く手を阻む敵ではあるが、あくまでも「ドイツ人としての立場」を背負ったひとりの人間として描かれているのだ。

 ちなみに本書が書かれたのは1942年。ドイツ軍は交戦中の敵なのだ。戦意を高揚させる言説が幅をきかせていたであろう時期に、敵をこのような血の通った存在として描いてみせたシュートは、実に懐の深い作家だ。

2008/01/03追記

その後、冒険小説で読む第二次世界大戦のために再読した。ついでにいろいろ調べている途中で知ったのだが、このひと、英国史上有数の珍兵器パンジャンドラム(→Wikipedia)の開発にも関与していたらしい。懐が深いにもほどがある。

謀殺の弾丸特急

冒険小説
謀殺の弾丸特急 / 山田正紀 / 徳間文庫

 東南アジアの小国・アンダカムでは、日本製のSLが今でも使われている。
 日本人旅行客たちが乗り込んだSLは、隣国タイに向けて出発。ところが、一行の中に軍事政権の秘密をスクープしてしまったジャーナリストがいたため、彼らは最新装備に身を固めたアンダカム軍に追われる羽目に……。

 よけいなことは何も考えずに楽しめる、スピーディな冒険活劇。

 一行はジャーナリストのほか、添乗員の女性、元機関士、旅好きの老婆、能天気な新婚カップル、無職の三〇男に鉄道模型マニアの大学生。こんな普通の日本人たちが、歴戦の軍人たちを相手に戦うのだ。彼らの乗り物は、線路に沿ってしか動けない鉄道(しかも、機関車は戦前の日本で作られた古いしろものだ)。これに、四方八方から、最新兵器に身を固めた軍隊が襲いかかる。

 圧倒的に有利な敵に立ち向かう、劣勢な主人公たち。この手の冒険ものでは、あまたの名作で手を替え品を替え使われているシチュエーションだ。山田正紀自身も『火神を盗め』で、インドを舞台に、CIAの殺し屋集団に挑む窓際サラリーマンたちの死闘を描いている。

 登場人物を含む小道具の使い方がとにかく上手い(特に、添乗員の女性の指輪に注目)。一行のひとりひとりに、それぞれの役割と見せ場が用意され(つまり頭数をそろえるためだけのキャラクターはいない)、巧妙な伏線とともに用意された数々の小道具が、しかるべきところでしかるべく使われる。ジグソーパズルのピースが、それぞれの場所にぴたりとおさまるように。それは、精緻に組み立てられた謎解きミステリにも通じる楽しさだ。

 そんなわけで、本書を絶賛し、文庫化のきっかけを作ったのも、……現代日本で有数の巧緻なパズルの作り手である有栖川有栖なのだ。