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小説

ハードボイルド・イーハトーブ*1

宮沢賢治/新潮文庫

 表題作を含む短編集。

 ミステリ者としてここで注目すべきはこの一編、「税務署長の冒険」だ。

 主人公は税務署長。物語は、彼が酒の密造防止を訴える講演をする場面から始まる。彼が講演をしているこの村、実は何者かが大がかりな密造をやっているようなのだが、尻尾がつかめない。署長は講演しながらも、きっと聴衆の中におれを笑っている奴がいる、と苛立つのだった。署長は部下に内偵を命じるが……という筋書き。

 この作品、実はアガサ・クリスティのある作品と同じトリックが使われている(本当)……なんてハッタリを持ち出さなくても、充分ミステリになりそうな話であることはおわかりいただけるだろう。もっとも連想するのは、クリスティみたいな謎解きよりも、禁制の品を扱うギャングたちが絡むハードボイルド(密造酒→禁酒法、といういささか安易な連想)。ただしこの作品、ハードボイルドでない面とハードボイルドな面との両方を持ちあわせている。

 まずハードボイルド的でないのは、探偵側の立場と姿勢。

 探偵側の職業が、税務署などという、おおよそ「庶民」のシンパシーを得づらいものである(だから、映画『マルサの女』なんかは脱税側を「より悪辣な奴」として描いている)。そして、「仕事だから」という単純な正義感で突き進む署長は、「上」から与えられた職務として、みずからの行為を疑うことはない。これにくらべ、逮捕されてなおしたたかな態度を崩さない密造者たちのほうが遥かに生き生きとして見える。そう、この物語の本来の主役は「犯罪者」であるはずの密造団なのだ。

 いっぽうハードボイルドを感じさせるのは、船戸与一的に帝国主義の断面を切り取ってみせるところ。

 たかだか田舎の脱税騒ぎに「帝国主義」ってのは大げさじゃないかって?

 そうかもしれない。

 だが、「酒への課税=国家管理」というのは、日本の戦前の体制におけるある側面を象徴するものなのだ。

 米から醸造した酒は、冠婚葬祭のさまざまな場面を思い出せば分かるとおり、単なるアルコール飲料ではない。きわめて儀礼的な飲み物なのだ。「御神酒」という表現もある。こういうものを国家管理のもとに置くというのは……言うまでもなく、神道の国家体制化と連動した現象である。つまり、民衆の側にあった祭祀行為の主導権を、国家の側に統合しようとする動きである。

 「税務署長の冒険」は、これに対する民衆のささやかな抵抗の物語とも言える。あるいは、歴史の表舞台に立つ者たちに対する、舞台から追いやられた者たちの叛逆──船戸与一言うところの「叛史」の一端なのかもしれない。

 ……実を言うと、ここまで書いておきながら、やっぱりこりゃ強引かもしれない、と思う気持ちもある。そこでは、この叛逆のモチーフをより意識的に描いた作家をとりあげることにしよう。

 西村寿行を。

*1 : 2008/01 全般に、いま見るとちょっと恥ずかしい。


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