【日常】
ようやくHMM入稿。
2003年1月の日記
マイクル・ムアコック/創元推理文庫
ジャン・ヴォートラン / 文春文庫ヒーローだけじゃない。作家だってそうだよ、ハイム坊主。たとえば、誰かが何か読むにたえるものを書いたとしよう。すると、その作家はたちまち有名になって、どこかに分類される。その結果、だめになるんだ。過去の偉大な作家と比べられて、この作家に似ている、この作家に近いと分類された結果ね。(p.225)私も“この作家に似ている”“この作家に近い”と書いてしまいがちなので、これはなかなかに痛烈だった(まあ、自分がその作家をだめにしてしまうほどの影響力があるとは思わないが)。
第五代ポートランド公のウィリアム・ジョン・キャベンディッシュ=ベンティック=スコットは、重度の穴掘り好きだった(自分が掘るのではなく、人を雇って掘らせていたのだから、穴掘らせ好きというべきか)。屋敷の地下に合計十五マイルに及ぶ広大なトンネルを掘らせて、さらには礼拝堂やらビリヤード室やら舞踏場まで地下に設けてしまったそうな。この公爵は極端なケースだが、英国の人々はどうやら地底がことのほかお好きなようで、それは英国産の小説にもうかがえる。この奇人公爵をモデルにしたミック・ジャクソンの小説『穴掘り公爵』(新潮社)も、ブッカー賞の最終候補にもなっている。
また、昨年話題になったローレンス・ノーフォークの『ジョン・ランプリエールの辞書』(東京創元社)では、ロンドンの地下に広がる巨大な空洞の存在が印象深い。太古の巨大な生物の死骸が原型となったこの空洞の中で、怪しい連中が謀略をめぐらせたり、あるいは主人公が謎の暗殺者と追跡劇を繰り広げたりするのだ。また、シアトルの地下にひろがる旧市街の遺構での冒険を描く『アンダードッグス』(文春文庫)も、舞台こそアメリカだが、著者ロブ・ライアンはイギリス人である。……そういえば、かのシャーロック・ホームズも、ロンドンの地下でトンネルを掘っていた犯罪者を捕まえたことがあったではないか。
まずはクライヴ・バーカー。デビュー作「ミッドナイト・ミートトレイン」の舞台は地下鉄だ。身近な乗り物であり、そして地上とは隔てられた空間を走るという地下鉄の特性が、存分に活かされた作品である。
だから、本場ロンドンの地下鉄が登場する作品ももちろん存在する。ニール・ゲイマンの長編“Neverwhere”(注:その後『ネバーウェア』という題名で訳された)では、何者かに追われている少女を助けた主人公が、ロンドンの地下に広がるもう一つの町に足を踏み入れることになる。ロンドンの地下鉄は長い歴史を有するだけあって、使われなくなった駅やらトンネルにも事欠かないらしく、作中でも効果的に用いられている。
たとえば、ロンドンの下水道を縦横に駆けるネズミの群れが活躍する、チャイナ・ミーヴィルの『キング・ラット』(アーティストハウス)。題名にもなっているキング・ラットは、見かけこそ人間だが、その名のとおりネズミたちの王で、ちゃんと玉座も宮殿も持っている(下水道の中ではあるけれど……)。もっとも、服装は薄汚いし、悪臭は放つし、残飯を口にしても平気だし、王らしからぬふるまいが目立つお方でもある(なんといってもネズミ男なのだ)。
グレアム・マスタートンの「シェークスピア奇譚」(創元推理文庫『ラヴクラフトの遺産』所収)も、ラヴクラフトに捧げるオマージュである。こちらはロンドン市内の工事現場で発見された十七世紀の劇場跡と、三〇〇年前の死体の謎が語られる。なんだか歴史ミステリみたいな幕開けだが、そこはやっぱりホラー。地中には他にも大変なものが埋まっている。