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群がる鳥に網を張れ

ノワール
ジェイムズ・ハドリー・チェイス / 創元推理文庫

 ギャンブルで借金を抱えた保険セールスマンのアンソンが出会ったのは、退屈な夫との暮らしに倦んでいた美貌の人妻メグ。彼女は小説を書いていて、そのプロットを利用した保険金詐欺をしないかとアンソンに持ちかける。かくしてアンソンは、彼女の夫を殺そうと策を練る。だが、そこには思わぬ罠が……。

 どん詰まりの日常、誘惑に満ちた出会い、そして一獲千金の危険な賭け。この手の小説じゃ、おなじみのシチュエーションだ。

 ただしアンソンにとって、「危険な賭け」は決して「危険な夢」につながるものではない。
だが、お笑い種なのは自分でもわかっていた。一年で、いや、そんなにもかからずに、五万ドルなんか消えてしまうにきまっている。金なんかいつまでも持っていたためしがないのだ。(p.56)
 彼は自分自身を信じていない。夢想は夢想に過ぎないことを知っている。自分の弱さからくる、ろくでもない末路が見えているのだ。

 自分すら信じていないのだから、自分の共謀者を見る目も醒めている。
メグはセックスのお遊びとしてはすばらしいが、それ以上のものじゃなく、ぜったいに力になんかなってくれない。あれはだめな女だ。なにもやれない、どうしようもない屑で、おれとおなじ金のとりこでしかない。(p.57)
……とわかっているけれど、彼は目先の快楽にあっさり屈してしまう。上のように、メグに対して辛辣な思いを抱いたあとの彼の行動はこうだ。
枕にひっくりかえり、拳銃をなでさすりながらまたメグのことを考える。(p.57)
 ひとりでいい気分、というわけだ(拳銃をなでさすりながら)。一方通行の思い入れ。そういえばこの作品は、裏切りと不信の物語でもある。アンソン以外の人物もそれぞれの思惑で動いていて、少ないページ数の中にさまざまな企みが交錯する。登場人物は互いを信用していない。あるいは、一方通行の信頼関係でしかない。そんな見せかけの信頼関係が破綻する瞬間に、驚きが仕掛けられている。

 ずるずると転落してしまう男が、抜け道のない破滅にはまり込んでしまう物語。突き放すような幕切れが、どうにもならなかった男の哀感を浮き彫りにする。

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