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東京サッカーパンチ

ミステリ
ISBN:4594039413アイザック・アダムスン / 扶桑社ミステリー
 日本を訪れたアメリカ人の雑誌記者ビリーは、謎の男たちに追われている芸者に出会う。そして、旧知の映画監督が変死した。ビリーは陰謀渦巻く日本の裏社会へと飛び込んでゆく……

第一印象

 外国の小説や映画を見ていれば、誰でも珍妙な日本描写のひとつやふたつに行き当たるだろう。最近では、ゲームでも 日本語が拓く新世紀に紹介されているようなものがある。
本書は、そんな怪しい日本描写を、確信犯的にやらかしている。山口雅也『日本殺人事件』みたいなものだ。もっとも、書いたのはれっきとしたアメリカ人のようである。
高校生のころ、いくつかのSFに出てきた怪しいニッポン描写に心躍らせていた者としては、読まないわけには行かない。
それにしてもこの作品、日本人はその珍妙さを楽しめるかもしれないが、平均的アメリカ人はどんなふうに受け止めるだろうか?

読み終えて

 怪しいニッポン描写はたしかにあったものの、期待したほどではなかった。芸者が重要な役割を果たしていたりはするんだけど、概して極端な誇張によるギャグの範疇に収まっているような気がする。
 ちなみに、他にも怪しげな要素が結構ちりばめられている。たとえば、身体障害者国際武術大会。片足しかない伝説の武術家の出場が噂されていたりするのだ。
 ニッポン描写以上に怪しいのがストーリーであった。ヤクザと大企業と秘密教団が追い求めていたもの、それは……って、そ、そんな。どうしろと言うんですか。裏表紙にハードボイルドって書いてあったのに、まさか○○○○だったなんて。もしかして、これも怪しいニッポン描写の一環なのだろうか。
 もっとも、この作品の世界には、こんな狂った展開を許してしまう空気がある。なにしろここは伝統文化とハイテクと性の快楽と資本主義がごった煮になった神秘の国・日本。○○○○な話の一つや二つくらいあってもおかしくない。むしろ、この珍妙な舞台にはお似合いの話かもしれない。

どうでもいいけど

 表紙には新宿のとある居酒屋の写真が載ってたりするのだが、この店にはここ十年ばかりほぼ毎月のように行ってるような気がする。といっても別にここが名店というわけではなくて(悪くもないのだが)、単なる惰性である。
(2008年1月追記:もう15年くらいになる。ここ数ヶ月は行ったり行かなかったりだけど。)

ダークライン

ミステリ
ASIN:4151754520 ジョー・R・ランズデール / 匝瑳玲子訳 / 早川書房

 ランズデールの、できたてほやほやの新作。アメリカでも1月に刊行されたばかりだというのに、邦訳は3月刊。訳者の方はさぞ大変だったのではないだろうか。

 13歳の少年の夏休みを描いた物語だ。家の裏で見つけた、古い手紙と日記の束。そこから13年前に起きた殺人事件のことを知った彼は、その真相を突き止めようとする。

第一印象

 語り手が少年時代を回想するという形式は、『ボトムズ』と同じ。そんなわけで、おいおいまた『ボトムズ』ですか、というのが第一印象。ただし、1930年代という時代を背景にした『ボトムズ』に比べると、1958年のできごとを語る本書のほうが、ランズデール自身の少年時代により近いだろう。

 冒頭、主人公の父親がある街のドライヴイン・シアターを買い取り、一家がその街に引っ越してくることになる。ドライヴイン・シアターというものが若き日のランズデールにとって大きな存在だったことは、『モンスター・ドライヴイン』なんて作品からもうかがえる。

 やっぱりこれは、ランズデール版『少年時代』なのだろうか。『ボトムズ』も同じ回想形式だったけど、あちらの語り手はランズデールよりも上の世代だ。

読み終えて

 実際、「またボトムズか」と感じさせるところはあった。ただしこの作品のほうが、主人公と周囲の人々との関わりあいや、さまざまなできごとを通じての少年の成長といったものが、より鮮明に描かれている。

 この間までサンタクロースの存在を信じていた少年が、欲望や妄執に憑かれた人間の醜さを目の当たりにする。そんな凄惨な物語でありながら寒々しさを感じさせないのは、主人公を取り巻く人々のおかげだろう。欠点はあるけれども主人公にとっては大切な家族、あるいは家族も同然の黒人の家政婦といった面々だ。

 ひときわ印象深いのが、アル中の黒人映写技師バスター。主人公にとって、友人であると同時に、人生の師のような存在でもある。「師」でありながら、自分をまともにコントロールできない飲んだくれのろくでなしであるというあたり、ランズデール作品ならではの登場人物である。

 ランズデール作品の多くは、剥き出しの暴力や悪意に彩られた、荒々しい物語だ。時に悲痛な結末を迎えることもある。でも、その読後感は決して陰惨ではない。それは、ランズデールの真摯な姿勢によるものだ。時に残酷なこともある世の中というものをあるがままに受け止めて、正面から対峙する姿勢。本書での、少年を支える大人たちも、そんな真摯な姿勢の持ち主だ。

 ランズデールの作品が手放しのハッピーエンドでしめくくられることはあまりない。にもかかわらず、どこかポジティヴなものを感じさせるのは、そういう力強さによるものだろう。

飛蝗の農場

ミステリ
ジェレミー・ドロンフィールド / 創元推理文庫

飛蝗の農場現在から過去へ向かう順序で、叙述の断片を並べている。で、ページが進む=過去にさかのぼるにつれて、物語の背景がだんだんはっきりしてくる。この構成は映画「メメント」に似てるかな。もっとも本書は、特殊な記憶障害を扱った作品ではないけど。

不安をかきたてる語り口(あるいは、不安をかきたてるような作中の齟齬)はなかなかよい。でも「サイコ・スリラー」って枠にくくってしまうのはどうなんだろう。狂気を描くというよりは、入り組んだ叙述によって読者を五里霧中に連れて行くような感じ。

(以下、2003/01/07追記)

「このミステリーがすごい!」で海外1位。そんなに万人受けする話なのかなあ。まあ、『グルーム』や『髑髏島の惨劇』がランクインするようなベスト10だから。

ちなみにこのページでは、内容やらその他についてあまり触れていない。ほかの本はいざ知らず、この本については、むやみに書くことで予断やら予備知識やらを提供してしまうのが怖いのですね。

この本を読むのに、予備知識は少ないに越したことはないです。農場で一人暮らししてる女性のところに、記憶喪失の男が転がり込んでくる話である、ってことだけ知っておけば十分。あとは、登場人物の台詞と、地の文での描写との齟齬に注意するのを忘れずに。

モルグ街の殺人

ミステリ
 ミステリの起源、とされている作品である。
 年の初めだから、ってわけでもないが、なんとはなしにこれを手にとって読んでみた。

 いまどきのミステリに比べれば、おそろしくシンプルな物語である。探偵役のデュパンと語り手の暮らしぶりが紹介され、モルグ街で二人の女性が殺された事件が語られる。デュパンは一度現場を調べて真相を分析し、それを語り手に説いて聞かせる。被害者や証人たちの人物描写などほぼ皆無。デュパンだって単なる推理機械だ。

 むしろ、「おはなし」以外のところが興味深い。

 たとえば、冒頭での分析的知性に関する講釈。これを「いつも書いてる幻想小説とはちょっと違うぜ!」という熱意のあらわれ、と見るのはうがちすぎだろうか。

 あるいは、事件当夜に現場で聞かれた声に関する記述だ。ある証人は、声の抑揚からそれをスペイン語だと言い、また別の証人はイタリア語、あるいはドイツ語やロシア語や英語だと言い、さらにはフランス語だと言い出す外国人まであらわれる始末。大都会としてのパリと、そこに生じる「隣は何をする人ぞ」的なコミュニケーションの断絶を感じさせる。

 もうひとつは、この事件の犯人が関係しているので、ちょっと書きづらい。
 というわけで、「モルグ街の殺人」を読んだことのない方はここまで。

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ヴィドック

ミステリ
ISBN:4042896014ジャン=クリストフ・グランジェ/角川文庫

クリムゾン・リバー』の作者が手がけた映画脚本を、(たぶん日本で独自に)小説に書き直したもの。主人公のヴィドックは19世紀フランスに実在した人物で、犯罪者上がりの探偵。作中では、すでに警察を退いて私立探偵を営んでいる。これが、連続殺人事件を追ううちに、逆に犯人によって苦境に追い込まれるのがプロローグ。

『クリムゾン・リバー』の作者だけに、つい ミステリを期待してしまいがちだが、これはむしろダーク・ファンタジー。ヴィドックの超人的な名探偵ぶりは、乱歩の少年探偵団での明智小五郎を思わせるし、犯人の正体や動機も『クリムゾン・リバー』には及ばないものの、その根底には奇想が存在している。

ただ、ストーリーそのものはかなり薄味。もっとも、これは脚本を小説にした日本人の手腕の問題かもしれない。

時代を19世紀中ごろに据えているのは、もっぱら「雰囲気づくり」のため。史実に忠実というわけではないし、作中での七月革命の扱いもかなり唐突である。

映画のほうは、もっと面白いかもしれない。