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シャトゥーン ヒグマの森

ミステリ

[]増田俊成 / 宝島社

ISBN:4796656391 巨大にして獰猛、しかも狡猾。そんな地上最強の動物・ヒグマが、山小屋に逃げ込んだ人々を襲う。

 ヒグマと人間の死闘に的を絞った作品。飢えた野獣の、人間を圧倒する力の強さと、狩りに特化した知性の冴えが心に残る。

 ちなみに応募原稿の段階では、ヒロインの生い立ちにもドロドロしたエピソードが満載されていたのだが、書籍化に際してそのへんはばっさりカットされている。最初に読んだときよりも引き締まった感じ。

 それにしてもヒグマは強い。本書におけるその強さはもはや怪物と呼んでもいいだろう。怪物小説は大きく「でっかいのが一匹」と「ちっちゃいのがたくさん」に分けられるが、これは前者の傑作である。
  • 第5回このミス大賞授賞式 Bookstack 古山裕樹
    気づいてみればもう5回目。1次選考で自分の箱に入っていた応募原稿が本になるのは第1回以来のことである。『シャトゥーン ヒグマの森』は「熊が襲ってくる」という、シンプルにして破壊力の強いテーマの物語(1次選考の評)。作者の増田氏が、受賞の一言として「ヒグマの...

ブレイクスルー・トライアル

ミステリ
ISBN:4796656731伊園旬 / 宝島社

 今回(第5回このミス大賞)の大賞受賞作。

 舞台はとある研究施設。そのセキュリティシステムを破るコンテストに、主人公をはじめとする複数のチームが挑戦する。最も短時間に目的をクリアしたチームに賞金が与えられる。ただし、彼らには「セキュリティ破り」以外にも隠れた目的があって……という物語。

侵入開始までの流れにかなりのページを割いて、各チームのメンバーをじっくり描いている。会話などのやり取りも軽妙で、離陸後の展開に期待が膨らむ。

侵入後も、それぞれのチームの動きが巧妙に組み立てられていて飽きさせない。ただ、「競争」でありながら、チーム間の駆け引きが希薄なのは残念。互いの足の引っ張り合いなんて要素があれば、さらにスリリングになったんじゃないだろうか。せっかくこれだけのメンバーをそろえたのに。

とはいえ、それぞれのチームの背景作りや、研究施設の仕掛けなど、多彩なアイデアがぎっしり詰まった作品としては十分に楽しめる。

焼き鳥の食べ方

本筋とあまりに関係がないので、別の見出しを立てておく。

以下は『ブレイクスルー・トライアル』の一節。
梓は焼き鳥を串から直接食べている。若い女は普通、箸で外してから口に入れるもんじゃないのか?(p.162)
男でも箸で外すのを見かけるが、私は男女問わず串から直接食べればいいんじゃないかと思う。

宴席で串の盛り合わせが出てくると、さっそく片っ端から解体する人がたまにいるのだが、あれは勘弁してほしい。酷いことに、ねぎまもばらしてしまうのだ。握り寿司をばらして食べたりはしないだろうに。

1: こじま 『激しく同意。』 (2007/02/05 15:12)

  • 第5回このミス大賞授賞式 Bookstack 古山裕樹
    気づいてみればもう5回目。1次選考で自分の箱に入っていた応募原稿が本になるのは第1回以来のことである。『シャトゥーン ヒグマの森』は「熊が襲ってくる」という、シンプルにして破壊力の強いテーマの物語(1次選考の評)。作者の増田氏が、受賞の一言として「ヒグマの...
  • ソリューション・ゲーム Bookstack 古山裕樹
     伊園旬 / 宝島社『ブレイクスルー・トライアル』の作者の第二作。副題は「日常業務の謎」。いわゆる「日常の謎」だったら犯罪が絡むことはほとんどないけれど、「日常業務」となると話は別だ。コンプライアンスがどうのこうのとるさい昨今、対応を誤ると会社の命取りにな...

陽気なギャングの日常と襲撃

ミステリ
ISBN:4396208138 伊坂幸太郎 / 祥伝社

陽気なギャングが地球を回す』の続編。

全体の約半分を占める第1章は“日常”。4人の主人公がそれぞれちょっとした事件に遭遇し、一応解決されるまでが語られる(ずいぶん非日常的な事件もあるけれど)。第2章は、銀行を“襲撃”した4人がたまたま誘拐事件に遭遇し、なぜか人質救助に首を突っ込んでゆく様子が描かれる。

前半の事件が後半の誘拐事件の伏線になっている……のだが、4つの事件の中には、誘拐事件そのものとのつながりは希薄で、ある小道具を舞台に上がらせる役割を担っているだけのものもある。このへんはささやかながらも物足りなかったところ(オチを担う重要な小道具ではあるのだが)。

構成自体はきわめて精緻で、前作同様悪党パーカーばりの意外な展開も待ち受けている。軽妙な会話に支えられた肩の凝らないサスペンスとしては質が高く、十分に楽しめる。何より、4人の“ギャング”のほどよい距離感が心地よい。

各パートの冒頭には、相変わらず辞書の怪しい引用が置かれている。“人間力”の定義が参考になった。私もときどき必要に迫られるので、人間力を高めたい。

トーキョー・プリズン

ミステリ
トーキョー・プリズン 柳広司 / 角川書店

特殊な状況設定を活かしたサスペンス/本格ミステリ。

舞台は1946年の日本。ニュージーランド人の私立探偵フェアフィールドは、行方不明者の消息を探るため、戦時下の記録を調査しようと巣鴨プリズンにやってきた。だが、巣鴨を管理する米軍中佐は、調査を許可する代わりに、記憶喪失の戦犯容疑者が記憶を取り戻すのを手伝うよう要求した。その元日本軍将校は捕虜を虐待した容疑で告発されていたが、過去5年間の記憶をすべて失っていたのだ。

彼の名はキジマ。特異な洞察力の持ち主で、初対面のフェアフィールドを見ただけでその経歴を見抜いてしまう。キジマの無実を訴える彼の親友とその妹とともに、フェアフィールドは廃墟の東京でキジマの過去を追い始める。いっぽう、巣鴨プリズンでは奇妙な服毒死事件が起きていた。タバコ一箱の持ち込みも見逃さない監視体制の中で、毒物が持ち込まれていたのだ。米軍の思惑で、フェアフィールドは服毒事件の調査も手がけることに……。

印象

……というわけで、記憶喪失の元日本軍将校が安楽椅子探偵を務める物語。舞台と探偵役の特異さがこの作品の魅力を形作っている。
なんといっても探偵役・キジマの造形だろう。フェアフィールドとの出会いの場面で見せる観察力はまさにシャーロック・ホームズ。ややエキセントリックな発言もそのキャラクターをなぞっている。で、その「名探偵」が、一方では記憶喪失の戦犯容疑者として本書の「謎」の中心に位置している。彼は本当に捕虜を虐待したのか?

ある証言が、(内容は否定されないまま)見方を変えるだけで意味が変容してしまうくだりはいかにも本格ミステリらしいやり方。また、巣鴨プリズンという「密室」の仕掛け(某古典の使い回しである)や随所に見られるアナグラムへのこだわりなど、全編本格ミステリらしい技法で組み立てられている。

「戦争」という大きなテーマを背景に、謎解きを駆使して組み立てられたサスペンスが印象に残る。

細部

ゲーリングの自殺

「ところがキジマは、ゲーリングの写真をひと目見ただけで、彼が獄中に青酸カリを持ち込んだある可能性を指摘した。(中略)むこうの調査委員会は、ゲーリングの自殺はキジマが指摘した方法以外には考えられないと指摘したのだ」
p.11-12
Wikipediaの『ゲーリング』の項目によると、2005/2/7のロサンゼルス・タイムズで、「自分がゲーリングに毒物を渡した」という元アメリカ兵の証言が報じられたという。

ちなみに本書でキジマが指摘したのは別の方法で、もちろんミステリとしてはこっちの方がおもしろい。

小説に出てくる探偵

「あなたは、なんというか……小説に出てくる探偵のように派手には見えませんわ」
「不精ひげを生やして、女の尻を追い回し、むやみに拳銃をぶっぱなしたり、あるいはいつも酔っ払っているような人間ではない?」
キョウコはかすかに笑みをうかべて頷いた。
p.183
昭和21年の日本人としては「小説に出てくる探偵」の認識がずいぶん先を行ってるような気がする。探偵小説好きということになっているが、それだとむしろ本格ミステリの古典的名探偵を連想するんじゃないだろうか。

当時の江戸川乱歩みたいに、アメリカ兵が日本に持ち込んだペーパーバックをハァハァしながら読み漁っていたのかもしれない。

チーム・バチスタの栄光

ミステリ
チーム・バチスタの栄光 海堂尊 / 宝島社

第四回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。

困難を極める心臓のバチスタ手術。ある大学病院に、そのバチスタ手術を二〇数回にわたって成功させてきた奇跡のチームがあった。だが、立て続けに手術中の死亡が三件起きた。原因は不明。患者の愚痴を聞くのが主な仕事になっている窓際万年講師の田口は、病院長に頼まれて、内部調査を手がけることになる……。

この作品、受賞がすんなり決まったのも無理はない。キャラクターの動かし方が実に巧みなのだ。わずかな言葉とささやかなエピソードだけで、個々のキャラクターをしっかり描いている。

関係者へのインタビューが延々と続く地味な構成の物語でありながら、そこに退屈さはない。会話を通じて関係者それぞれの個性が描き出される過程はたいへん鮮やかで、人物同士の関係までもがくっきりと浮かび上がる。

その描き方も、ミステリとしての謎解きを強く意識している。語り手の医師・田口による関係者インタビューが前半。その後、厚労省からやってきた変人官僚・白鳥が登場し、田口とは正反対のやり方でインタビューを行う。

普段の田口は、患者の愚痴を聞くのが主な仕事。作中でも、聞き手として相手からさまざまな話を引き出している。対して、後半の白鳥はいわゆる「空気を読めない奴」。傍若無人に気まずい発言を繰り返しては場の雰囲気をかき乱し、地雷を踏んで敵を増やす。

そんな対照的な二人によるインタビュー。同じ人物に異なる角度から光を当てることによって、異なる像が映し出される。この人物像の変転が、謎解きにも結びついている。

光を当てる角度を変えることで、まったく違った絵が浮かび上がる。そういう逆転の意外性こそ、ミステリの大きな魅力だろう。で、この作品はそんな「逆転の快楽」をたっぷり使って組み立てられている。

謎を解いた後の事件の解決まで描いているところも好印象。