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ギャングスタードライブ

犯罪小説
ギャングスタードライブ 戸梶圭太 / 幻冬舎(→幻冬舎文庫

 ダンサーくずれの女・敏子に、母の旧友・麗子が持ち込んだ依頼。それは、麗子の別れた夫のもとで暮らしている彼女の娘・理沙を誘拐することだった。押し切られるようにして依頼を請け負った敏子は、幼な馴染みでヒモ暮らしの男を相棒に、誘拐計画に臨む。しかし、彼女の別れた夫・小笠原は、暴力団の組長なのだ……。

 誘拐犯と暴力団のカーチェイス。随所にはさまれたヒネリのきいた展開。描かれる家庭像は現代的ではあるが、でもそれを深刻な面持ちで語るようなことは決してしない。どこかヘンなキャラクター同士の絡み合い(誘拐される少女と大薮春彦マニアのやくざは強烈な印象を残す)に、最後の最後まで先の読めない展開、そして変に湿っぽくならない筋運びには好感が持てる。「和製タランティーノ」というたたき文句もなかなか的を射ているのではないだろうか。私はエルモア・レナードをふと思い浮かべた。

 それはさておき、こういう小説でのストーリーのひねりは、謎解きミステリの解決部分に相当すると思う。序盤のシチュエーションからどんどん思わぬ方向に転がってゆく物語を楽しむためには、転がる方向を知らないでおくに越したことはない。

 だから、この本の帯には問題がある*1。中盤以降の展開をいろいろと書いているので、物語が思わぬ方向に転がってゆくという楽しさが減ってしまうのだ。人物紹介に徹するのならまだしも、内容に無闇に言及するべきではないだろう。

 『永遠の仔』を読んだときにも思ったのだが、幻冬舎はミステリの装丁に関する配慮がかなり欠けているような気がする。今後幻冬舎のミステリを手にとるときは、帯や表紙にはあまり目を通さないようにしなければ。

 もちろん、作品自体は非常に楽しく読むことができた。できれば、ハードカバーよりは文庫本で読みたい一冊。

*1 : 2008/01追記:ちなみにこれは単行本のときの話。文庫がどうだったかは知らない。


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信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス

伝奇小説
信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス 宇月原晴明 / 新潮社 (→新潮文庫

 1930年、ベルリン。アルコールに溺れながら撮影所通いの日々を過ごすアントナン・アルトーのもとを訪れた一人の日本人青年は、ローマ皇帝ヘリオバルガスと織田信長の意外なつながりを彼に説いた。二人はどちらも、古代シリアで崇拝された太陽神の落とし子である、と。青年の家に伝わる口伝によれば、信長は両性具有者であったという……

 第11回日本ファンタジー小説大賞受賞作。いわゆる伝奇小説と呼ばれるタイプの作品であり、ある史実について、奇想に満ちた裏側、いうなれば「幻の歴史」を提示することに力が注がれている。

 にわかに話は変わるが、ミステリに描かれるモチーフに「見立て殺人」というものがある。何かの歌詞や物語の筋立てをなぞるかのようにして事件が起きる、という趣向だ。マザー・グースの歌詞どおりに殺人事件が起きる、というミステリは昔の英米でさかんに書かれた。日本でも、俳句の情景と同じように人が殺される『獄門島』(横溝正史)などの例がある。そして、本書で「幻の歴史」を提示するために用いられるのが、この手法である。

 ここでの主役は言うまでもなく信長。史実における彼の行動が、異なる物語と重ねあわせられる。この「物語」の選択の妙、そして重ね合わせ方の巧みさが、本書を奇想に満ちた作品に仕上げている(特にクライマックスとなる本能寺の変のくだりは、紡ぎだされるイマジネーションの豊穣さにただただ圧倒されてしまう。異様なまでに理詰めの幻想がもたらすこの場面の迫力、まさしく謎解きミステリの解決編に近いものがある)。

 「見立て殺人」を扱うミステリの解決で重要なのが、「なぜ犯人はこんな手間のかかることをやったのか?」という理由の提示で、これが「犯人が精神異常者だったから」などという安易な解決だったりすると非常に悲しい。

 本書では、この「理由」の解決がきわめて論理的になされている。もちろん、その「論理」は日常レベルのものではなく、いわば異界の論理なのだが。このような、幻想をもとに組み立てられた「異界の論理」で史実を解釈し、読み替えるという方法論が、本書の魅力の源泉だろう。

 1930年代のベルリンから信長の物語をふりかえるという本書の構成は、信長の素性に関する物語を語る上で、同時代人の視点だけでは不足だからだろう。イエズス会士たちにその任を負わせることも可能だろうが、あまり異教の細部に通暁しているイエズス会士というのも問題がある。

 そして、当時のベルリンに何が存在したかは挙げるまでもないだろう。かくして古代の異教と信長の時代に加えて、大戦前夜のベルリンまでもがつなぎ合わされる。ここでアントナン・アルトーという人物の登場も、物語が彼を必要とするからなのだ。かくして、後半にはもう一つの「見立て殺人」が描かれる。

 歴史に翻弄されてしまったアルトーの末路の哀しさと、エピローグのささやかな爽快感とのバランスも快い。

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