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ポップ1280

ノワール

神なき世界の黒い哄笑

ポップ1280 ジム・トンプスン / 三川基好訳 / 扶桑社 (→扶桑社ミステリー)

ニック・コーリーは保安官で、人口1280人に満たない田舎町ポッツヴィルの治安を担っている。……もっとも、仕事らしい仕事はほとんどしない。彼をなめてかかっている売春宿のヒモをどうすべきか、同僚の保安官に相談に行ったところから、彼の運命は転がりはじめる……。

 ジム・トンプスンといえば、近年再評価著しい伝説のパルプ作家。もっとも、映画『ゲッタウェイ』の原作者、と呼んだほうが通りがいいかもしれない(あ、『グリフターズ』の原作も彼だ)。狂った論理が堂々とまかり通るその作品世界は、読者の心をも侵蝕してゆく毒に満ちている。

 本書は、彼の最高傑作といわれる暗黒小説。「すでにできあがっていたカバーイラストに合わせて2週間で書き上げ、入った原稿料はあっというまに飲んでしまった」という素敵なエピソードも伝わっている。

 書き飛ばした作品? たしかに、成立過程はそうかもしれない(あくまで「伝説」という気もするが)。だが、それを感じさせない精緻なつくりを備えていることも確かだ。さして長くもないこの小説の随所に隠された仕掛けは、吉野仁氏の力のこもった解説でその一端が解き明かされる。

 いたるところに皮肉とブラックユーモアが撒き散らされている。冒頭、睡眠不足を訴えながら過剰なまでの睡眠をとり、食欲減退を訴えながら異常な量の食事をとるところはほんの序の口。行き当たりばったりにあっさりと人を殺し、あるいはいとも簡単に罠にかけてしまう。それでいながら純真な心の持ち主であることを強調しつづける主人公。純真さを装っているのか、それとも「真性」なのか、そのはざまを漂うこの男の語りが、読者をどこまでも翻弄する。

 この男の狂った論理を「狂気」と呼んでしまうことはたやすい。だが、彼ひとりが病んでいるのではない。世界そのものが病んでいるのだ。そして、そんな物語を「娯楽」として消費してしまう我々も。

 限りなく悪意に満ちた視点の持ち主だからこそ、トンプスンは狂った世界の狂った物語を軽妙な犯罪劇に仕立て上げることができたのだろう。

 いわゆる「ノワール」が苦手な人にも、この軽妙にして洒脱な、ブラックユーモアあふれる犯罪劇はぜひともおすすめしたい。ポップな味つけの施されたこの猛毒は、全身を震撼させる。

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