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2000/07/14(金) 地底獣国の殺人

ミステリ

2008/01おことわり

このサイトの2000年頃の読書録は全部そうだけど、この文章は当時利用していたreview-japanというレビュー投稿サイトに書いたもの(いまではkhipuという名前になっているようだ)。まさか後に自分が文庫解説を書くことになるとは思わなかった。

人外魔境で謎解きを

ノベルス文庫 時は1930年代、日本が急速に軍国主義に傾倒してゆく時代。

 日本の新聞社が「ノアの方舟探検隊」プロジェクトをぶち上げる。奇人学者に美人助手、科学者たちにカメラマンと新聞記者からなる探検隊は、飛行船でアララト山を目指す。

 が、現地にたどり着く前から何やらきな臭い陰謀の影が一行につきまとう。そして一行がようやくたどりついたのは、アララト山内部の空洞に広がる、恐竜が今も生きている世界だった。だが、一行の中で連続殺人事件が……。

『失われた世界』(コナン・ドイル)、「地底獣国」(久生十蘭)、「人外魔境」シリーズ(小栗虫太郎)といった、往年の秘境探検ものへのオマージュ。最初の二つについては作中で触れられている(特に「地底獣国」は題名にも含まれている)し、主要登場人物の一人の名字は「人外魔境」の主人公の名前と同じである。

 『怪人対名探偵』もそうだったが、作者はこの手のオマージュ作品では独特の巧さを発揮する。そういえば、作者の出発点は、「自分の読みたい小説が現代には存在しないので自分で書くことにした」(当時は「新本格」ブームの直前)というところにある。つまりこれは、現代には存在しない「自分の読みたい小説」に他ならないのだ。

 それだけに、物語自体も非常に楽しめる。最近の科学的成果も取り入れた舞台設定はもちろん、「邪馬台国はエジプトにあった」などの怪説とともに「新史学」を提唱する奇人学者・鷲尾哲太郎の存在感は強烈だ(もっとも、これは実在の人物を下敷きにしている)。

 1930年代という舞台設定も作品に緊張感を与えている。複雑怪奇な国際政治が、秘境にも影を落とす時代。もはや秘境といえども人間の営みと無関係ではいられなくなった時代だ。

 たとえば本書のアイデアの源泉である「地底獣国」には、背景として当時のソ連の対日戦略が描かれる。また「人外魔境」シリーズにも、日本の領土拡大に関連するエピソードがあった。そもそも、探検という行為そのものが「政治」や「国家」と深く関連しているのだから、政治とは何かと縁が深くなるのも無理はない。

 問題は、これが単なる秘境探検小説ではなく、連続殺人の謎を解く「本格ミステリ」でもある、ということ。両者を融合させようという意欲的な試みではあるが、枠組みがあまりにも典型的な「本格ミステリ」であり、さらにいくつもひねりを加えているため、謎解き部分が探検物語から浮きあがっている印象は否めない。

 では純然たる秘境探検小説にすべきだったのか?

 そうではない。

 読者に最初に提示される物語が、謎の解明によってもう一つの顔を表すというミステリの物語形式は、「ロマンあふれる秘境探検」のもうひとつの側面を、クライマックスの謎解きという印象的な形で浮かび上がらせている。謎解き部分への違和感も、あるいは「ロマン」のもう一つの顔が暴かれることに対する戸惑いなのかもしれない。

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