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麦酒の家の冒険

ミステリ

ビール飲みの、ビール飲みによる、ビール飲みのためのミステリ

麦酒の家の冒険(講談社ノベルス)麦酒の家の冒険(講談社文庫) 西澤保彦 / 講談社ノベルス → 講談社文庫

 ビールがおいしい季節は夏だ、とされている。

 私の人生はいつだって夏だ。
 春は桜の木の下で、秋は大地の収穫に舌鼓を打ちながら、冬はこたつで鍋を囲んで、ときにふれ合う脚と脚、二人は互いに見つめあい、ほてった頬は桜色、そして絡まる指と指(おっと以下略)と、夏でなくともビールはおいしいものだ。
 ところで、この麗しくも黄金色に輝く神の恵みを、「とりあえず」などというふざけた姿勢で飲むような輩がいる。
「とりあえず」だと!(やや逆上)
 そのような不逞の輩に、この芳醇な大地の恵みを口にする資格など本来ありはしないのだ。水でも飲んで寝ているがいい(逆上)。
 ことに「一気のみ」などと称して無為にビールを消費する学生などは、とっとと急性アル中で倒れてしまえ運ばれてしまえこの世からいなくなってしまえ(著しく逆上)。

 ……失礼。なお、ふだんの私は紳士的なふるまいを忘れない小心者だ。上のような暴言を吐くことはない。と思う。

 何はともあれ、そんなビール飲みとして強く強く推薦したいのが、この麦芽100%のミステリだ。

 夏の終わり、ドライブの途中で道に迷った4人の若い男女。彼らがたどりついた山荘には、家具といえばベッドがひとつ、そして冷蔵庫がひとつ置かれているだけだった。しかし冷蔵庫の中には大量の缶ビールと13個のジョッキが冷やされていた! かくして、することもない彼らは勝手にビールを飲みながら、この奇妙な状況がなぜ作られたかを推理する……。

 本書の大半を占めるのは、この4人が飲んだくれながら繰り広げる推理の数々だ。このやりとりの中に、4人のキャラクターとそれぞれの関係も描かれている。が、やはり中心にあるのは、この奇妙なシチュエーションに対して次から次へと繰り出される解釈。さまざまな説が検討され、否定され、補強される。ときには、素面の人間ならとても思いつきそうにない奇怪な説まで飛び出す。

 作者はビール好き。この事件の解決も、ビール好きでなければ考えそうにない性質のものである。

 ある種のドラッグ文学が「素面」じゃわけがわからないように、これも軽くビールなど飲みながら楽しむのに適している。もっとも、作中で繰り広げられるロジックが分からなくなるまで飲み過ぎないようにご注意を。

 なんだか、のどが渇いたな……

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謀殺の弾丸特急

冒険小説
謀殺の弾丸特急 / 山田正紀 / 徳間文庫

 東南アジアの小国・アンダカムでは、日本製のSLが今でも使われている。
 日本人旅行客たちが乗り込んだSLは、隣国タイに向けて出発。ところが、一行の中に軍事政権の秘密をスクープしてしまったジャーナリストがいたため、彼らは最新装備に身を固めたアンダカム軍に追われる羽目に……。

 よけいなことは何も考えずに楽しめる、スピーディな冒険活劇。

 一行はジャーナリストのほか、添乗員の女性、元機関士、旅好きの老婆、能天気な新婚カップル、無職の三〇男に鉄道模型マニアの大学生。こんな普通の日本人たちが、歴戦の軍人たちを相手に戦うのだ。彼らの乗り物は、線路に沿ってしか動けない鉄道(しかも、機関車は戦前の日本で作られた古いしろものだ)。これに、四方八方から、最新兵器に身を固めた軍隊が襲いかかる。

 圧倒的に有利な敵に立ち向かう、劣勢な主人公たち。この手の冒険ものでは、あまたの名作で手を替え品を替え使われているシチュエーションだ。山田正紀自身も『火神を盗め』で、インドを舞台に、CIAの殺し屋集団に挑む窓際サラリーマンたちの死闘を描いている。

 登場人物を含む小道具の使い方がとにかく上手い(特に、添乗員の女性の指輪に注目)。一行のひとりひとりに、それぞれの役割と見せ場が用意され(つまり頭数をそろえるためだけのキャラクターはいない)、巧妙な伏線とともに用意された数々の小道具が、しかるべきところでしかるべく使われる。ジグソーパズルのピースが、それぞれの場所にぴたりとおさまるように。それは、精緻に組み立てられた謎解きミステリにも通じる楽しさだ。

 そんなわけで、本書を絶賛し、文庫化のきっかけを作ったのも、……現代日本で有数の巧緻なパズルの作り手である有栖川有栖なのだ。

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始祖鳥記

小説
始祖鳥記 飯嶋和一 / 小学館 (→小学館文庫

 天明年間。名の通った表具屋の幸吉は、巨大な翼を作って夜な夜な空を舞っていた……心の底に大きな夢を抱いて。だが、それは悪政の世に現れるという鵺を模したものだと受け取られ、幸吉はお上の取り調べを受けることになる……。

 筒井康隆の短編「空飛ぶ表具師」にも登場する、鳥人・幸吉の数奇な生涯を描く時代小説。浜で育った幸吉が憧れる海と空。それは、鎖国体制下の日本から遠い異国へと至る道であり、そして彼を縛りつける「日常」から解き放ってくれる存在でもある。

 そしていつしか幸吉自身が、腐敗と圧政に苦しむ人々の心に何かを与える存在となってゆく。 あらゆるくびきを投げ棄てて、再び空を目指す幸吉の姿には、胸のすくような開放感を覚えた。

 空を舞う鳥のように自由に生きたい。そんな、人々の無意識の願いを、文字どおりの形で現実にしてのけた幸吉の姿が魅力的だ。そして、幸吉と知り合ったり、あるいはその逸話を聞いたりして、自らのなすべきことをしようと決意する男たちもまた魅力的に描かれる。安住することをよしとせず、豪商たちの寡占体制に立ち向かう塩問屋、あるいは蝦夷地を目指す船乗り、あるいは駿府の町の有力者たち。

 中盤に描かれるのは、幸吉自身というよりは、幸吉と接した人々の物語である。特に塩問屋のエピソードは、官僚と大企業の癒着構造に対決を挑むベンチャービジネスという、あまり時代小説っぽくない構図でなかなか刺激的だ。

 物語は安直な幻想に逃げ込むことなく、地に足をつけながらも高らかな飛翔で幕を閉じる。

 抑えた筆致ながら、どっぷりと浸っていたいと思わせる物語。終わってしまうのが名残惜しいと思わせる小説にであったのは久しぶりだ。

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