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殺戮の天使

ノワール

フランスが生んだハードボイルドの結晶

殺戮の天使 ジャン・パトリック・マンシェット / 野崎歓訳 / 学研

 冷徹に人を殺す正体不明の女は、身分を偽ってある田舎町へとやってきた。町の俗物たちと付き合いながら、やがて彼女はある計画を実行に移す……。

 ハードボイルドといえばアメリカ、という印象がある。が、アメリカ製ハードボイルドの影響を受けながらフランスで独自に発展した小説(向こうではロマン・ノワール----暗黒小説と呼ばれることが多い)も、非常に味わい深いものがある。

 英語圏の娯楽小説とフランスとの関わりには、ひとつの傾向があるように思う。

 母国では安っぽい煽情的な三文小説の書き手とされていた作家が、フランスでは熱狂的に受け入れられる、という図式だ。ホラーではH・P・ラヴクラフト(『クトゥルーの呼び声』)、SFではフィリップ・K・ディック(『ヴァリス』)、そして犯罪小説ではジム・トンプスン(『ポップ1280』)やジェイムズ・ハドリー・チェイス(『ミス・ブランディッシの蘭』)。

 フランス人がハードボイルドに「発見」したのも、チャンドラー的なロマンティシズムよりは、むしろ根源的な暴力の世界だった。

 そんなフランス製ハードボイルド、ロマン・ノワールの一つの頂点を作り上げたのが、本書の作者ジャン=パトリック・マンシェットだ。極左思想の信奉者であり、本書も注意深く読めばそういう要素が読み取れる(初期の傑作『地下組織ナーダ』では前面に出ていた)。

 が、「左翼」という言葉からイメージしがちなイデオロギーまみれのうっとうしさは皆無である。ぎりぎりまで研ぎ澄まされた文体で語られる鋭利な物語は、ハードボイルドのひとつの極点だ。饒舌さを排したところに生まれるスピード感が心地よい。

 ただし、これはマンシェットのスタンダードではない。

 スタイルが洗練の極みに達したせいか、この作品は一種異様な高揚感に満ちている。本書のクライマックスでは、物語は象徴に満ちた寓話のような世界へと結晶し、最後には正常な小説の書き方すら投げ捨てて幻想の地平へと飛翔してしまう。極限まで言葉を切り詰めたがゆえになしえた力技だろう。

P.S.
 今年(2000年)もっとも気になる作品であるヴィルジニ・デパントの『バカなヤツらは皆殺し』は、この小説のラストでのマンシェットの叫びに対する、ある種の返答のように思われる。

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