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マンチェスター・フラッシュバック

ノワール

投げ捨てた過去に向かい合う

マンチェスター・フラッシュバック ニコラス・ブリンコウ / 玉木亨訳 / 文春文庫

 それなりの年月を生きていれば、忘れてしまいたい過去のひとつやふたつはあるだろう。それがあまりにも重ければ、投げ出して逃げ出してもおかしくない。これは、そんな男の物語だ。逃げたけれど逃げ切れず、追いかけてくる過去と向き合う男の物語だ。

 男がマンチェスターの街を捨ててから15年。今ではロンドンでカジノの支配人になっていた。そこへ訪れた、かつて浅からぬ因縁があった刑事が告げる。昔の仲間が殺された。その手口に、男は15年前のあの事件を思い出す。かくして男は捨てたはずのマンチェスターへ、自分の過去へと舞い戻る……。

 15年前と今のマンチェスターを交互に描きながら、過去と現在の二つの殺人事件の真相をゆっくりと浮かび上がらせる。

 かつての主人公はドラッグ欲しさに体を売る男娼だった。彼自身は同性愛者ではないが、登場人物には同性愛の嗜好者が多い。物語を織り成す縦糸が殺人事件をめぐる物語とするならば、横糸は彼らの風俗描写だ。

 保守的な警察幹部には目の敵にされる彼らは、もちろん社会のアウトサイダー。社会を見上げるその視線は、ハードボイルドにも通じるものがある。それも、チャンドラーが描いたような「卑しい街を行く孤高の騎士」なんぞの夢物語ではない。「卑しい街を生きる薄汚れた男たち」の物語だ。過去に向かい合う男の探索行には、郷愁と冷徹さが同居している。

 おぼろげな過去が徐々に読者に明らかにされるという点では、本書はトマス・H・クックの『緋色の記憶』に始まる一連の作品、あるいは天童荒太の『永遠の仔』などの系譜に連なる。前者は私の好みではないが、きわめて技巧にすぐれた作家であり、後者はベストセラーにもなったのでご存知の方も多いだろう。

 過去とどのように対峙するか、という主人公の姿勢について言えば、私は本書の主人公にもっとも好感をおぼえる。

 全般に、少々あっさりしているところが好ましくもあり、また弱みでもある。特に主人公と因縁のある刑事(これはなかなか印象に残る人物。著者のほかの作品にも登場するらしい)以外の警官たちについては、もっと書き込まれていてもいいのではないかと思う。とはいえ、まずまず面白く読める作品ではある。主人公の過去に対する姿勢も、クライマックスではなかなかいい形をとっていて、こういうジャンルでは新鮮に感じた。

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