▼ 麦酒の家の冒険
【ミステリ】
■ビール飲みの、ビール飲みによる、ビール飲みのためのミステリ
西澤保彦 / 講談社ノベルス → 講談社文庫ビールがおいしい季節は夏だ、とされている。
私の人生はいつだって夏だ。
春は桜の木の下で、秋は大地の収穫に舌鼓を打ちながら、冬はこたつで鍋を囲んで、ときにふれ合う脚と脚、二人は互いに見つめあい、ほてった頬は桜色、そして絡まる指と指(おっと以下略)と、夏でなくともビールはおいしいものだ。
ところで、この麗しくも黄金色に輝く神の恵みを、「とりあえず」などというふざけた姿勢で飲むような輩がいる。
「とりあえず」だと!(やや逆上)
そのような不逞の輩に、この芳醇な大地の恵みを口にする資格など本来ありはしないのだ。水でも飲んで寝ているがいい(逆上)。
ことに「一気のみ」などと称して無為にビールを消費する学生などは、とっとと急性アル中で倒れてしまえ運ばれてしまえこの世からいなくなってしまえ(著しく逆上)。
……失礼。なお、ふだんの私は紳士的なふるまいを忘れない小心者だ。上のような暴言を吐くことはない。と思う。
何はともあれ、そんなビール飲みとして強く強く推薦したいのが、この麦芽100%のミステリだ。
夏の終わり、ドライブの途中で道に迷った4人の若い男女。彼らがたどりついた山荘には、家具といえばベッドがひとつ、そして冷蔵庫がひとつ置かれているだけだった。しかし冷蔵庫の中には大量の缶ビールと13個のジョッキが冷やされていた! かくして、することもない彼らは勝手にビールを飲みながら、この奇妙な状況がなぜ作られたかを推理する……。
本書の大半を占めるのは、この4人が飲んだくれながら繰り広げる推理の数々だ。このやりとりの中に、4人のキャラクターとそれぞれの関係も描かれている。が、やはり中心にあるのは、この奇妙なシチュエーションに対して次から次へと繰り出される解釈。さまざまな説が検討され、否定され、補強される。ときには、素面の人間ならとても思いつきそうにない奇怪な説まで飛び出す。
作者はビール好き。この事件の解決も、ビール好きでなければ考えそうにない性質のものである。
ある種のドラッグ文学が「素面」じゃわけがわからないように、これも軽くビールなど飲みながら楽しむのに適している。もっとも、作中で繰り広げられるロジックが分からなくなるまで飲み過ぎないようにご注意を。
なんだか、のどが渇いたな……
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