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始祖鳥記

小説
始祖鳥記 飯嶋和一 / 小学館 (→小学館文庫

 天明年間。名の通った表具屋の幸吉は、巨大な翼を作って夜な夜な空を舞っていた……心の底に大きな夢を抱いて。だが、それは悪政の世に現れるという鵺を模したものだと受け取られ、幸吉はお上の取り調べを受けることになる……。

 筒井康隆の短編「空飛ぶ表具師」にも登場する、鳥人・幸吉の数奇な生涯を描く時代小説。浜で育った幸吉が憧れる海と空。それは、鎖国体制下の日本から遠い異国へと至る道であり、そして彼を縛りつける「日常」から解き放ってくれる存在でもある。

 そしていつしか幸吉自身が、腐敗と圧政に苦しむ人々の心に何かを与える存在となってゆく。 あらゆるくびきを投げ棄てて、再び空を目指す幸吉の姿には、胸のすくような開放感を覚えた。

 空を舞う鳥のように自由に生きたい。そんな、人々の無意識の願いを、文字どおりの形で現実にしてのけた幸吉の姿が魅力的だ。そして、幸吉と知り合ったり、あるいはその逸話を聞いたりして、自らのなすべきことをしようと決意する男たちもまた魅力的に描かれる。安住することをよしとせず、豪商たちの寡占体制に立ち向かう塩問屋、あるいは蝦夷地を目指す船乗り、あるいは駿府の町の有力者たち。

 中盤に描かれるのは、幸吉自身というよりは、幸吉と接した人々の物語である。特に塩問屋のエピソードは、官僚と大企業の癒着構造に対決を挑むベンチャービジネスという、あまり時代小説っぽくない構図でなかなか刺激的だ。

 物語は安直な幻想に逃げ込むことなく、地に足をつけながらも高らかな飛翔で幕を閉じる。

 抑えた筆致ながら、どっぷりと浸っていたいと思わせる物語。終わってしまうのが名残惜しいと思わせる小説にであったのは久しぶりだ。

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